第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百十二話
「大将軍自らの出撃することになるなんて……」
ミュセドーラス平野斜面にあるフォレスタル軍第五軍団陣地で、ヒーリーは独語した。総司令部が攻め込まれるということはヒーリーにとって最悪のシナリオだった。スプリッツァーは戦略家ではあるが、タワリッシやヒーリーに比べれば、はるかに政略家としての側面が強い。メルキド総帥家は優れた軍人の家系ではあるが、それ以上に政治家の家系であったのだ。
タワリッシが出てしまっては、大作戦を指揮する者がいなくなってしまう。敗北の二文字がヒーリーの頭によぎった。
「おそらく、ヴィア・ヴェネト閣下は……」
「十中八九生きてはいないだろう。しかし、この局面、いったいどうすればいいものか……」
ミュセドーラス平野ではハイネ率いる第一軍団が、フォレスタル軍とメルキド軍の双方ににらみを利かせている。フォレスタル、メルキドの最強軍団を打ち破ったワイバニア軍第一軍団である。おいそれと戦いを挑む訳にはいかなかった。
フォレスタル軍の目の前にはワイバニア軍第一、第七、第三軍団あわせて二四〇〇〇の軍勢がいる。兵力ではワイバニア軍とフォレスタル軍は拮抗しているが、フォレスタル側は敵の予備兵力を攻撃するために、第四軍団の残余を充てなければならず、不利は否めなかった。ヒーリーとしては、タワリッシを救援してやりたいが、とてもそんな余裕はなかったのである。
一方、タワリッシ率いる三個大隊はハイネらワイバニア軍第一軍団には目もくれず、ヒッパーが率いるワイバニア第八軍団に襲いかかっていく。ハイネも黙ってみていた訳ではない。ここでタワリッシを倒せば、ワイバニア軍の勝利は揺るぎない。
ハイネは第一軍団に反転を命じると、メルキド軍の小部隊を追撃にかかった。
「全軍、突撃! 敵はワイバニア軍第一軍団!」
ハイネの反転を見たヒーリーは即座に敵軍の追撃を決断した。
「敵が後ろを見せた今こそがチャンスだ。この機を逃しては、ワイバニア軍に勝つ機会を失ってしまう。全軍、鋒矢の陣で、敵を追撃せよ!」
ヒーリーの命令一下、一個軍団が斜面を下りはじめた。ヒーリーがやや後方に陣を張ったのは、最速で右翼の軍団を救援に向かえるためであり、今回はそれが活きる形になった。機動歩兵の名の由来である兵員輸送用馬車が斜面を高速で駆け下り、通常の歩兵ではありえないスピードで第一軍団に追いすがった。
「第一機動歩兵大隊、同航戦用ー意!」
ヒーリーは信号旗をかけた。歩兵と馬車ではその移動速度に雲泥の差がある。駆け足で進むワイバニア軍第一軍団の歩兵の真横をフォレスタル軍第五軍団の馬車が二列縦隊で通過する。兵員輸送馬車に開けられた小窓から、歩兵が持つボウガンが現れた。
事態を察知したワイバニア軍の小隊長が叫んだ。
「まずい! 盾を用意しろ! 急げ!」
歩兵と速度を合わせた馬車から、数百本の矢が飛び出した。