第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百十一話
「くそ……。なんということだ」
タワリッシは悔しさに歯噛みした。たった一個軍団が崩されただけで、戦況はワイバニア軍の有利に傾いた。それだけではない。シモーヌが企んだ戦略通りにことが動き始めていた。
中央分断、のち各個撃破はワイバニア軍の戦略である。これに対抗する手段をヒーリーはいくつか用意していたが、それはどれも、自分の第五軍団を用いる術策だった。しかし、第五軍団は敵左翼を引き受けねばならず、動くことが出来ずにいた。
タワリッシは馬に飛び乗ると、斜面を下りようとした。
「いけない! 大将軍!」
統率を失った第二軍団に向かう総大将をメルキド公国総帥であるスプリッツァーが止めた。
「将軍がここを離れては、全軍を統率できない! ここにいるのです、将軍!」
「指揮なら、スプリッツァー、お前がやればいい! お前は公国を統べる総帥だ! お前こそが適任なんだ!」
そう言うと、タワリッシは愛馬を駆り、第二軍団のもとへ急いだ。第一軍団の激闘の後とはいえ、敵もいくらかは手を抜いてくれたと見える。全滅を覚悟するほどの戦いであったはずなのに、意外にも損害は少なかった。
負傷兵を後送し、戦力を再編すれば、三個大隊は十分に動かせるだろう。タワリッシはあえて楽観的に考えた。わずか三個大隊。救援するにしても、敵兵力の十分の一である。戦力はたかがしれていた。しかし、下手に兵力があっても、命令伝達が困難であっては意味がない。幕僚もいない軍団長代理では、命令が部隊に行き渡るまでに時間がかかる。三千人という兵力はタワリッシが扱うには必要十分な数だった。
タワリッシは中級指揮官を集めると、臨時に第二軍団の再編成を行なった。第一軍団との戦闘の中で、何人か功のあった者に対しては大隊長に昇進させ、新編成する大隊の組織を委ねた。タワリッシが行なうよりも、効率が良いという理由もあったが、前線で戦っていた兵士達は、どの隊がよく戦い、どの隊が戦わなかったかよく知っている。戦場で直に戦っていた者達に戦力の選抜を委ねたのである。
新しい大隊指揮官はタワリッシの期待に応えた。彼らはたちまち選り抜きの三個大隊を作り上げた。訓練なしでの運用になるため、通常の部隊のような練度と精度の高い運用には及ぶべくもないが、それでも貴重な戦力には違いなかった。
タワリッシは戦力外と見なされてしまった隊に負傷兵の後送と、連合軍総司令部の防衛を命じると、新編成した三個大隊の先頭に立った。
「諸君らの軍団長、ヴィア・ヴェネトは死んだ! それだけではない。第二軍団の主立った者が、全て、敵の凶刃に倒れたのだ」
第二軍団の兵士達はほぼ無感動にその事実を受け入れていた。彼らは戦いの中でそれを感じていた。ワイバニア軍と渡り合えるはずの軍団長が無様な用兵などするはずがないことをよく理解していた。
「志半ばに散った彼らのためになすべきことは一つ。敵を打ち倒し、味方を救うことだ! 全軍、我に続け!」
騎馬に乗ったメルキドの大将軍は抜いた剣を高く掲げた。三千の兵達がワイバニア軍に向けて移動を開始した。