第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百八話
「これは……」
丘の上にいるタワリッシからは斜面の様子がよく分かった。獲物の尾に食らいつく龍と呼ぶにふさわしい光景がそこにはあった。
ハイネ率いるワイバニア軍第一軍団がメルキド軍第二軍団の側背を攻撃したのである。
「馬鹿な……。味方だぞ」
ウーヴェはうめいた。その程度のことはハイネも当然理解していた。だが、表向きウーヴェが指揮していたのはメルキド軍の裏切り部隊であり、ハイネは単に敵前で反転した敵に追撃戦を演じているに過ぎなかった。
ハイネは全軍を九つの戦闘集団に分け、それぞれを指揮する大隊長に前線での采配を委ねた。ハイネ自身は第一軍団全軍を統括し、互いの部隊が邪魔しないように、舞台の演出に努めた。このことが、ワイバニア第一軍団がハイネの才能と能力に依拠することのない最強集団であることを示した。
ワイバニア第一軍団に属する大隊長は軍団長に匹敵する能力の持ち主だということをタワリッシに見せつけた。彼らは互いに共闘、連携し、メルキド第二軍団に出血を強いた。左翼が攻めれば右翼が引き、攻撃の限界点に達すれば、右翼が攻撃を仕掛ける。戦場芸術とも呼べる用兵の妙がそこにはあった。
中でも、特に目覚ましい働きをしたのはヴェルナー・テンシュテット大隊長率いる弓兵大隊である。彼はメルキド軍の横腹に一斉射を与えた後、直ちに後退し、味方の突入を援護した。彼の大隊が評価されるのは、素早く味方の戦闘範囲を確保したその戦術機動だけではない。ヴェルナーは全隊を三つに分け、装弾、補給、掃射と効率よく速射できるユニットを作り上げた点にある。この三つのユニットが有機的に連動することで敵に間髪入れることなく、攻撃を加えることが出来た。
「ようし、撃ち終わったな。全隊後退! 補給を急げ!」
ヴェルナーは予定通りの射撃が出来たことを確認すると、突入する味方の道をあけた。次の彼らの出番は左翼の部隊に押し出された時である。それまでヴェルナーは部下に補給と待機を命じた。
ワイバニア軍での昇進の仕組みは、戦死、昇進、引退などで、欠員が出たとき、能力的に適任である者がそれを埋めるというものである。その中でごくまれに、第一軍団の大隊長と、十二軍団長の席が同時に空位になることがある。
「第一軍団の大隊長か、軍団長。どちらを希望するか?」
左元帥が候補者に打診する場合、書状の冒頭にこう書かれる。ヴェルナーもその打診を受けた一人だった。第一軍団の大隊長がほぼ互角の能力を有するというのはここに由来する。ヴェルナー以外にも、過去五人の候補者がおり、その答えはほぼ決まっていた。
ヴェルナーは第一軍団の大隊長職を選んだ。一万の兵の頂点に立つ。それはアルマダ軍人にとって、まぎれもない誉れである。しかし、三国最強の軍団、そして、無敵無敗の部隊を率いることは、それ以上の栄誉なのである。ヴェルナー含め、軍団長の地位をふった過去の候補者たちもその道を選んだのである。
ちなみに、このとき空位になった軍団長位をついだのが、アンジェラ・フォン・アルレスハイムである。ヴェルナーもまた、アンジェラと同等クラスの実力者ということである。
ワイバニア第一軍団の歩兵大隊が錐のようにメルキド軍の横腹をえぐっていく。ヴェルナーは愛弓をなでながら、戦況を見守っていた。