第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七話
敵軍を前に反転するメルキド軍を、ハイネとエルンスト、ワイバニア最強軍団を束ねる二人はやるせない表情で見つめていた。
「敵将に同情します。せめて、我々と戦いたかったでしょうに……」
「仕方あるまい。これが戦いというものだ。何が起こるかわかったものではない」
それはハイネの本心ではないはずだ。エルンストは思った。誇り高く、自分の美学に純粋である青年。それがハイネ・フォン・クライネヴァルトだ。諦めに似た言葉を吐く人間ではない。
「軍団長、いかがしますか?」
「そうだな……」
エルンストからの問いに、ハイネはすぐには答えなかった。戦いに勝つのではない。いかにして、武人として戦いを全うするかハイネは眼前の敵を険しい目で睨んでいた。
「ヴィア・ヴェネトが裏切った!? 信じられん……」
連合軍総司令部、メルキド・フォレスタル両軍を統べる総大将のタワリッシは第二軍団反転の報告に耳を疑った。ヴィア・ヴェネトはタワリッシの信頼厚い良将である。だからこそ、彼は龍翼中央部の守りと、総司令部の防衛を任せたのである。だが、現実は敵に背を向け、総司令部を目指しつつある。ワイバニア軍に善戦を重ねていた連合軍は、一転して絶体絶命の危機に陥った。
「総司令部護衛隊、総司令部を守れ!」
タワリッシを含め、総司令部を守護していたのは総帥の親衛隊を含め、わずかに一五〇〇。そのうち、五個中隊五〇〇名は参謀、伝令で構成された部隊であり、戦闘力はなきに等しい。それでも、厚みと深み、そして柔軟さを持った陣を短時間で構築したのは、フランシスと並び称される将たる由縁だろう。彼は出せるだけの伝令を各軍団に出し、救援を求めた。
「たかだか一個大隊で、メルキド第二軍団相手にどこまでやれるかわからないが、救援が来るまでは保たせてもらおう」
丘陵地の斜面を全速力で駆け上がる裏切りの軍団を馬車からタワリッシは悠然と見下ろしていた。
「全速力で斜面を登れ。敵はたかだか一個大隊。蹂躙してしまえばいい」
メルキド軍第二軍団長とすりかわったウーヴェは新たに設置した本営となる装甲馬車の中で部下に言った。ただ、行軍を急いたウーヴェは気づいていなかった。速度を上げるあまり、軍団に落伍者が出始めていたことを。しかし、それは彼を責めるべきではない。ウーヴェは、軍勢を率いて戦う軍人ではなく、闇に潜み標的を殺す暗殺者である。事実、ヴィア・ヴェネトを殺すまでは、彼は自分の仕事を完璧にやってのけていた。人にはそれぞれ適性があり、彼の才能は将に向いていないということの証明でもあった。
そして、彼に将器のないことが連合軍総司令部に救いをもたらすことになる。
「ヴィア・ヴェネトなら、こんな無様な用兵はすまい。……一瞬でも、疑ったおれを許せ……」
謝罪の涙を流したタワリッシが右手を上げた。中、長距離支援石兵「ヘラクレス」の射程に第二軍団が入ったのだ。「攻撃開始」合図を出そうと手を下ろそうとしたそのとき、第二軍団と司令部直衛隊にどよめきが上がった。