第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百六話
「ぐっ!」
ヴィア・ヴェネトの身体にさらに二本の剣が突き刺さる。剣を伝って、じくじくと血が滴り落ちる。暗殺者の剣は巧妙だった。激痛を走らせても、気を失ったり、死ぬことはないポイントを的確についている。反撃しようとも、両手はおさえられ、動くことが出来ない。ヴィア・ヴェネトにできるのは、うめき声を上げることと、荒く息を吐くことだけだった。
ヴィア・ヴェネトの前にいた暗殺者の影が盛り上がる。盛り上がった影は黒衣をまとった人間の姿に変わると、フードを脱いだ。顔に刀傷を持つ端麗な美男子。暗殺とは及びもつかない容貌の人間だった。
「はじめまして。ヴェネト閣下。ご気分はいかがですか? 部下には急所を外すように固く言い含めました故、今しばらくは生きていられます」
「最悪……だな……。お前をすぐにでも殺してやりたいくらいだ……。ぐぁぁぁっ!」
暗殺者の一人が剣を握る力を強めた。「上官に対する無礼は許さない」言外にそう言っているようだった。
「わたしの名はウーヴェ。ワイバニア軍右元帥シモーヌ・ド・ビフレストに仕える者です」
「おれに名乗っていいのか? 生き残れば、お前の名をふれて回るぞ」
もうそんなことは出来ないことはヴィア・ヴェネト自身よく分かっている。自分の命は黒衣の麗人の掌中にあるのだから。
「最後に話をしておきたかっただけです。名も知らぬ者に殺されては、現メルキド筆頭軍団長に礼を失するというものです」
聞く者を魅了させる声の響き。ハイネと並んだら、さぞ壮観なことであろうが、そのようなことは未来永劫かなうはずはない。ウーヴェはゆっくりと剣を引き抜いた。
「おさらばです。冥府でヴィヴァ・レオ閣下にお会いするがよろしいでしょう」
怪しく光る紫色の両刃の剣。ウーヴェはそれを横なぎに一閃した。ヴィア・ヴェネトの首が宙を舞い、暗殺者が離れ、支えを失った身体はゆっくりと仰向けに倒れた。
血に濡れた剣を一振りして、鞘に収めたウーヴェは部下に命じた。
「全軍反転、攻撃目標、連合軍総司令部!」
迅速に、だが、ざわめきを伴ってメルキド軍は陣形を変えていった。全軍反転、狙うはタワリッシとスプリッツァーの首。明白な裏切りだった。
「司令部は何をやっているんだ!?」
「隊長は!?」
前線の兵士達は上官に確認を求めた。しかし、その命令が変更されることはなかった。
「命令に変更なし。連合軍司令部を撃滅せよ」
大隊長は部下の確認を突っぱねた。すでに影と入れ替わった大隊長はウーヴェからの命令を忠実に、感情もなく伝えていた。