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第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百四話

「まさか……。あのマンフレートを破るとは。ヒーリー・エル・フォレスタル。恐ろしい男よ。マンフレートは? あいつは無事なのか?」


「はい、第七軍団長ベティーナ・フォン・ワイエルシュトラス閣下がすでに確認しています」


「そうか……」


ハイネは安堵の息をもらした。兄に続いて、親友まで失うのは、若いハイネにとって、どれほどの悲しみであるか計り知れない。ハイネはワイバニア最強の武人であると同時に、まだ二四歳の若者なのである。精神的な部分にいささかのもろさがあった。


「軍団長、いかがしますか? フォレスタル軍側の戦力がやや弱く、牽制の役割を果たすことが出来なくなりますが……」


「ふむ」


ハイネはあごに人差し指をあて、片方の手を肘に触れた。ハイネがいつも考えるときの癖である。もっとも、即断即決の人であるハイネがこのような長考の姿勢をとるのは珍しい。事態はそれほど、ワイバニア軍不利に傾いているのだ。


戦局全体においては現在、ワイバニア軍は龍翼の陣に取り込まれ、包囲されつつある状態にある。中央部を分断し、メルキド軍を各個撃破する契機をつくりつつ、フォレスタル軍を牽制する役目を負うのが、ワイバニア第一軍団であるが、ヴィア・ヴェネト率いるメルキド軍第二軍団がにらみを利かせており、身動きが取れずにいた。


「エルンスト、貴公はどう思う?」


「わたしは動くべきではないと思います」


ハイネはエルンストに頷いた。ハイネも彼と考えを同じくしていた。現在動くことが出来ないのは、敵がワイバニア第一軍団と同等クラスの精強さを誇っているからだった。


どちらかが先に動けば、どちらの将もその隙をついて攻撃を仕掛けて来る。この場合、斜面に背を向けているメルキド第二軍団の方が有利である。ハイネが第三、第七軍団を救援に回るためには、メルキド軍第二軍団に脇腹を見せなければならない。ハイネら、第一軍団にとって危険すぎる行為だった。


「このにらみ合い、しばらく続くでしょうな」


「わたしはそう思っていない。この均衡は意外に早く崩れるだろう。あの右元帥が言ったのだ。『敵第二軍団は存在しない』とな。女狐め、恐らく何か仕掛けているにちがいない」


ハイネの声が次第に低くなる。ハイネもエルンストも、右元帥がどのような手で敵第二軍団を無力化するか、容易に想像できた。ヴィヴァ・レオをメルキドで最も勇敢だった男を葬った戦術を使うのだろう。軍司令部の暗殺。おそらくはヴィア・ヴェネトの命を直接取りにいくはずだ。だが、ハイネにはどうすることも出来なかった。敵将の命を救いにいく義理もなければ、理由もない。ワイバニアとメルキドは今、国の存亡をかけた殺し合いを演じているのだから。


ハイネは軍団に動かないように命じると、前方の軍団に視線を向けた。いい兵士達だ。この兵士達を統率している将とも戦いたかった。ワイバニアを代表する若き軍団長は悲しげに目を伏せた。

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