第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第九十七話
「!」
「死ね! 裏切り者!」
襲撃者が剣を振りあげた瞬間、彼の首に一本の矢が突き刺さった。
「あれは……」
矢が飛来した方向を振り向くと、馬上で長弓を構えたレイが不敵に笑っていた。レイは矢をつがえると、幾本も矢を放った。その早さと射型の美しさはアンジェラすら見とれさせた。
「!」
神話の貴神さながらに、レイの矢はアンジェラを襲撃者から守り続けた。アンジェラの周囲にいた敵弓兵十数名がわずか数分で戦場に伏していた。
レイ・ロックハートがアンジェラの副官に任命された最大の理由。それはヒーリーに比肩される戦術指揮能力でも、三国の戦いを間近で見聞してきた識見でもなく、フォレスタル最高の弓使いであるということだった。
アルレスハイム連隊はわずか二個大隊しかない遊撃部隊であり、指揮官も当然に前線に出なければならないことが多い。混乱する戦場の中でも、近、長距離問わず指揮官を守ることが出来る能力が、何よりも求められたのである。
「レイ、危ない!」
当面の危機が去ったアンジェラはレイに襲いかかる敵兵の姿を見た。その数、三人。レイを囲うように剣を抜き、迫って来る。アンジェラは愛馬を走らせた。
絶体絶命の危機であるはずなのに、レイは動じない。レイは長弓の端に取り付けられた鞘を抜いた。一回転、二回転。レイは弓を回転させた。舞いを思わせる美しさ。レイの周囲にいた人間達はその美しさに目を奪われた。だが、その戦舞は一瞬で、そして唐突に終わりを告げた。敵兵の死によって、レイの前後で赤い水柱があがった。レイの弓によって首をはねられた敵兵の成れの果てだった。二つの水柱、では最後の一人は? アンジェラの視線の先には、レイの足許で立ちすくむ敵の姿があった。心臓を正確にひと突き。立ったままワイバニアのもののふはその短い生涯を終えていた。
「弭槍……」
弓と槍を兼ねた騎兵の完全武器。だが、その完全さ故、扱いがむずかしく、アルマダ三国でも使い手が極めて少ない武器だった。レイは弓を横に構えると、二本同時に矢を放った。アンジェラを避けるように高速で飛んでいく矢はさらに二人の敵を天上の国へと送り届けた。




