第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第九十六話
ワイバニア軍第三軍団の中央部を突破したフォレスタル軍第五軍団第二機動歩兵大隊はワイバニア軍の背面に展開すると、前方で戦っていた第一機動歩兵大隊と呼応して敵に挟撃を加えた。前線のワイバニア軍は陣形と言う陣形をなさず、散発的に抵抗を繰り返しながら無様に密集していく。ワイバニア軍歩兵大隊は援護の弓兵大隊との連絡も絶たれ、孤立無援の状態に陥った。
「終わったな……」
「えぇ」
敵弓兵大隊を前方に捉えたアルレスハイム連隊連隊長アンジェラ・フォン・アルレスハイムは副官のレイに言った。
「しかし、弓兵大隊は攻撃しましょう。このまま撤退させてやりたいですが、あとあと厄介になりますから」
アンジェラは無言で頷いた。馬上のアンジェラは鞘から愛剣を引き抜くと、配下の騎兵に号令した。
「アルレスハイム連隊騎兵大隊、密集陣形! 敵の側面をつく」
騎兵は無言でアンジェラに応えた。一糸乱れぬ堂々とした隊列が徐々にその速度を増しながら前進を始めた。レイはその姿を見て微笑むと、騎兵の先頭を行く上官の背中を見送った。
「アルレスハイム連隊機動歩兵大隊、弓兵装備用意! 騎兵大隊を援護する! いいか、味方一兵たりとも死なせるなよ!」
機動歩兵一〇〇〇名はハンドボウを構え、上空に狙いを定めた。狙うはワイバニア軍弓兵大隊。大隊の中に緊張が走る。
「構え!」
弓兵大隊長の合図と共に、ボウガンの鳴る音が聞こえる。息を殺した精兵達が引き金を引くタイミングを待っている。怒声、叫び声、断末魔のうめき声。戦場は音で満たされているはずなのに、彼らの意識は恐ろしいほどの静寂さだった。
一人の兵士の汗が、ひとしずく落ちる。そのときだった。彼らの意識を破るただ一つの声が、彼らの鼓膜を叩いた。
「撃てぇ!」
数百本の矢が空に吸い込まれ、消えていく。敵兵士の声が上がったのはそのわずか後だった。
「かかれーっ!」
浮き足立ち、後退を始める弓兵の一団の脇腹に、フォレスタル騎兵が突入した。歩兵と騎兵。その戦闘能力では圧倒的な差がある。まして、逃げ惑う弓兵では次元が異なると言ってもいい。
フォレスタル騎兵はその蹄でワイバニア兵の頭蓋を踏みくだき、その剣でワイバニア兵の体を切り裂き、ミュセドーラス平野斜面を血の色で塗りたくっていった。
「深追いはするな! 不要な殺戮は避けろ!」
三人目の弓兵を斬り捨てたアンジェラは部下達に叫んだ。武人は殺人者であってはならない。無抵抗な人間を殺すことを彼女は許さなかった。だが、状況は彼女の言葉は矛盾する方向に進んでいく。弓兵は弓を剣に持ち替え、アンジェラに挑んで来る。まるでアンジェラを殺せば、事態が好転すると思っているかのように。
四人目の襲撃者の首を手槍で突いたアンジェラの背後から、五人目の弓兵が襲いかかった。