表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
388/473

第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第九十四話

「軍団長も人使いが荒いものだな。上位軍団相手に側面攻撃を仕掛けろとは」


アルレスハイム連隊長付副官兼参謀であるレイ・ロックハートは頭をかいた。


「そういうな。相手はワイバニア上位軍団長。軍団長格が二人掛かりでかからねば、勝利はおぼつかないからな」


不平を言う副官をアンジェラはなだめた。敵は退却中であるとはいえ、軍団長であるシラー直々に殿軍の指揮を行なっている。守勢に秀でた軍団長が直接指揮をする撤退戦。それは守り手よりも、攻め手が不利な戦いだった。事実ヒーリーが指揮する第五軍団の機動歩兵はシラーが強いた防御を崩せないでいる。


このとき、ヒーリーはメアリが提案した車がかり戦術を止め、陣形を次々に変えてシラーの防御陣の突破を試みていた。


この戦いに参加した将兵が後に”七色の陣”と称した千変万化する攻撃のことごとくを、シラーは父性で見せた。敵の陣形変換を先読みし、少ない兵力を巧みに集中は位置させて、フォレスタル第五軍団に少なからぬ出血を強いたのである。


「ちっ……。不動の二つ名は伊達じゃぁないな。マンフレート・フリッツ・フォン・シラー」


自分の攻撃が幾度となく防御されるのを見たヒーリーは舌打ちした。しかし、それとは正反対に敵将であるシラーを賞賛する気持ちもヒーリーにはあった。頭ではどれだけ否定したとしても、十八の頃から八年間軍務についていた彼は筋金入りの武人になっていた。理性ではなく、武人としての本能で、彼は眼前の有能な敵手に尊敬の念を抱いていた。


「ヒーリー? 何を笑っているの?」


参謀長のメアリがヒーリーの異変に気づいた。笑っているのだ。戦うまでは震えすらしていたヒーリーが戦いの最終局面を前に笑みを浮かべている。争いごとや命の奪い合いを嫌うヒーリーには考えられないことだった。


(楽しんでいるの? 戦いを……)


メアリは恐れと不安を同時に抱いた。戦いを忌み嫌う人間だからこそ、ヒーリーはアルマダの戦いの歴史に終止符を打つことが出来る。メアリはそんなヒーリーに尽くしてきたのだ。武人であって、武人でありたくないと思っている彼に希望を託してきた。


しかし、今のヒーリーは自分と互角の敵との戦いに楽しみを見出した人間の顔をしている。戦いというものが何と甘美で救いがたいものか分かる証だろう。参謀長を拝命してから、常に同じ距離で接してきたメアリの足がわずか半歩だけ後ろに下がった。


「何だって? メアリ……」


参謀長に言われたヒーリーは振り向いた瞬間気づいた。自分が戦いというどうしようもない麻薬に冒された顔をしていたことに。片手で顔を抑えたヒーリーは数瞬、そのままの状態で固まると、すぐに自分の顔に何発も拳をいれた。唇が切れ、滴り落ちた鮮血が床を濡らす。


「……メアリ。第一機動歩兵大隊を二手に分け、敵の横陣両端に攻撃をかけろ。急げ……」


「は、はい……」


「我ながら、なんて顔だ……」


ヒーリーは顔に暗い影を落として言った。自分が常々否定している戦いに魅入られた武人に染まってしまったこと、そして、自分が優れた敵と戦うことに悦びを見出す戦士であることを思い知らされたのだから。


ミュセドーラス平野斜面の戦い。第五軍団最後の攻勢がはじまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ