第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第九十二話
「う、うぁぁぁ……」
数十の戦いに参加し、幾多の死線を乗り越えてきたハインツですら、目を覆いたくなる惨状だった。
皮肉にも、神は彼に慈悲をもたらした。ハインツの目は一瞬で、そして永遠に覆われた。フォレスタル軍の翼竜がその強靭なあごで彼の肉体を食いちぎったのである。
矢による攻撃が一段落し、敵軍が狂躁状態に陥ったことを見たアレックスはクリスの進言を聞き入れ、急降下突撃を敢行したのである。
クリスの作戦は実に合理的なものだった。
練度に劣る新兵五個中隊を前衛に配置して、弓矢による攻撃を行なう。この場合、敵を混乱に陥れることが目的なので、狙いの正確さは特に必要としない。新兵の射撃でも必要充分だったのである。しかし、ワイバニア軍にとって不運だったのは弾幕射撃を行なうために騎兵を過剰なまでに密集させていたことだった。それによって、矢の効果を倍以上に高めてしまったのである。
そして、混乱に乗じて、最精鋭の五個中隊が二波に分けて急降下攻撃を行なう。混乱と狂躁の渦中にある敵軍は反撃も防御も困難であるため、ほとんど自軍には被害を出さずに攻撃が出来る。
「『龍騎兵は歩兵に勝つ』基本的に空から襲い来る敵に、人間は無防備なものなんです」
両翼の騎兵が壊滅したのを確認したクリスはひとりごちた。
「なんだと……」
作戦失敗と被害報告を聞いたシラーは愕然とした。第三軍団の損害は最悪だった。騎兵大隊の死者九六三名、生存者わずかに三十八名と言う、全滅に等しい状況だった。しかもそのほとんどが重傷者であり、軍馬に至っては騎乗可能なものなし。ワイバニア軍第三軍団はここに遊撃機動戦力の全てを喪失したのである。それは、シラーに一つの重大な決断をもたらした。
「全軍、退却……」
「軍団長……」
参謀長のアルバートは唇から血を流すシラーを見ると、黙って敗北を受け入れた。
「重装歩兵大隊から撤退する。両翼の弓兵大隊は援護射撃を絶やすな。敵の歩兵突撃には面をもって対抗しろ。おれは最後まで残って指揮をとる」
「軍団長!」
「ヘルマン。軍団長のやりたいようにさせてやれ」
「すまない。参謀長」
シラーは自分の片腕に詫びた。アルバートはシラーに敬礼をすると、司令部大隊を離れていった。
「伝令だけ残して司令部大隊も退却だ。悪いが、頭でっかちばかり残っても足手まといだ。ヘルマン、お前も下がれ。命令だ」
「嫌です。副官は軍団長を補佐するのが仕事です。おそばを離れません」
「ふん。勝手にしろ」
シラーは言い捨てると、最前線に向かって馬を走らせた。ワイバニア軍第三軍団敗北。ミュセドーラスへ嫌大決戦、最も凄惨な戦いは終焉の時を迎えていた。




