第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第九十話
「龍騎兵大隊、全騎離陸!」
フォレスタル軍第五軍団副軍団長兼龍騎兵大隊長アレックス・スチュアートは声を張り上げた。第五軍団において、龍騎兵大隊が経験する初めての実戦である。
もしこれが近衛龍騎兵連隊であるならば、彼もそれほど緊張を感じなかったであろう。しかし、第五軍団の龍騎兵の約半数は新兵であり、未だ実戦を経験をしていなかったのである。
(軍団長が急降下攻撃を三回に限定したのは、練度の低い龍騎兵を連れているからかもしれない)
アレックスはヒーリーの意図をそう考えていた。それはあたらずとも遠からずと言った推測だったと言える。ヒーリーはワイバニア軍の龍騎兵運用術を誰よりも何よりも恐れていた。龍騎兵を活かす術を心得ているのならば、龍騎兵を殺す術も熟知しているはずだと、彼は考えていた。そして、龍騎兵に対し、地上兵力による弾幕射撃が有効であることは、先年、彼がワイバニア軍の前で実証してみせている。練度の低い龍騎兵が、むやみに突っ込んで、地に屍をさらすのは予想できる結末だった。
「よーし、よし。敵さんの龍騎兵は全騎離陸したな」
フォレスタル軍後方の空を確認したシラーは笑みをもらした。
「騎兵大隊に対空弾幕射撃の用意をさせろ。前年のお返しをくれてやる」
「はい!」
シラーは伝令に命じた。シラーの意図は戦場をさらに混乱状態におくことにあった。
後続の第九、十一、十二軍団に奇襲をかけることがフォレスタル軍の作戦であることを見抜いたシラーは自軍の戦略的勝利に向けて、二つの目的を持って兵を動かしていた。一つは敵の襲撃部隊を壊滅させること。増援を攻撃する兵力がなければ、ヴィクターらはやすやすとミュセドーラス平野に侵入ができる。
二つ目は斜面に長時間留まることであった。戦場で第三軍団が圧力を加えてさえいれば、それだけ敵の攻撃の意志が鈍り、眼前の敵のために、兵力を割かざるを得なくなる。敵が有能な将であればあるだけ、二正面作戦をとらないだろうというのが、シラーの読みだった。
騎兵隊による弾幕射撃はフォレスタル龍騎兵にもそうだが、さらに後方へ退却中である敵第二陣にも降り注ぐ。混乱状態に輪をかけた状態で騎兵大隊を突撃させれば、あとはフォレスタル軍が勝手に血と潰乱の狂想曲を奏でてくれるはずだった。
ちょうど同じ頃、龍騎兵全騎の離陸を確認したアレックスは右手を上げた。
「よし、総員急降下突撃用意」
「お待ちください、大隊長」
攻撃準備を整え、あとはワイバニア騎兵を食いちぎるだけという段になって、一人の龍騎兵がアレックスを止めた。