第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八十七話
「こしゃくな奴らだ。奴ら戦場の狭さを知って効果的に戦力を投入していやがる」
シラーはヒーリーの戦術に舌打ちした。ヒーリーは前衛を三つの集団に分け、間断無い攻撃を敵に与えていた。第一波を防いでも第二波が、さらに第三波が敵に襲いかかるのである。そして、急速と補給を終えた。第一波が再度攻撃を繰り返すという仕組みである。常に全力攻撃を仕掛け、迫り来る新手にシラーは手を焼いた。ワイバニア軍の中で最も守勢に秀でる第三軍団でさえ、息もつかせぬ連続攻撃は防ぎきれなかったのである。
「第三波の集結点には隙がない。悔しいが、ここまでは手詰まりだ」
シラーの言葉に副官のヘルマンは噛み付いた。
「軍団長! 何を弱気な!」
「まぁ、聞け。第三波の集結点には隙がないが、その後になると話は別だ。それなりに防御を固めているようだが、完全無欠とは言えない。両翼の騎兵大隊で敵部隊を分断し、集中攻撃する」
「なるほど……」
「何してる。早く伝令を出せ。タイミングが大事だぞ」
副官は愛馬を翻すと、上官のもとを離れていった。
「退け! 退け! 退くんだ! 少しでもフォレスタル軍を引きつけるんだ!」
「真正面から戦いを挑むな! 奴らの方が強いんだからな!」
ワイバニアの中隊長達は口々に叫んではその戦線を維持し、フォレスタル軍の攻勢を防いだ。シラーもまた、中隊長クラスの指揮官に前線の指揮を丸投げした訳ではなかった。前線の指揮官に防戦の指揮を委ねると共に、反撃のお膳立てに努めた。全軍の戦線を少し下げ、フォレスタル軍とワイバニア軍との間に距離を置くと、両翼の騎兵隊を左右に展開させた。
斜面の上からワイバニア軍の動きを察知したヒーリーはうめいた。
「まずいぞ! 補給中の第一陣が危険だ。第二陣……くそっ!」
翡翠の龍将はやぐらの手すりを叩いた。第二陣は全速後退の最中にあり、とても戦える状態ではない。後続の部隊を来援させようにも、混乱の渦中にある第一陣の集結点では混乱に拍車をかけるようなものだった。
策士策に溺れる。優勢を確保していたものの、またしてもフォレスタル軍はシラーによってその出ばなを挫かれたのだ。