第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八十六話
「前方にワイバニア軍第三軍団が見えます。どうやら、間に合ったみたいね」
馬車の屋根に取り付けられた櫓の上で、メアリは敵軍の動きを見た。隣を第四軍団のスタンリー支隊が後退していく。開戦当初の動揺はどこに行ったのか、秩序を回復したワイバニア軍は完全無欠の陣形を形成し、ヒーリー率いる第五軍団に突っ込んで来る。
「よし、第一陣に攻撃命令。手はず通り、全力で攻撃して全速で後退だ。突撃!」
ヒーリーは即座に命令した。先陣の歩兵大隊が手槍を携えて突撃する。軽装、重武装の機動歩兵がワイバニア軍の前衛に濁流のようになだれ込んだ。
「!」
「なんだこれは!? あいつら尋常じゃないぞ!」
シラーは目を疑った。不動の第三軍団の密集隊形、これを真正面から打ち破ることが出来るのは、ハイネ・フォン・クライネヴァルト率いるワイバニア軍第一軍団だけだろう。しかし、眼前に映る光景はシラーの予測を超えていた。
巨石を思わせるシラーの陣形の先端部は粉々に粉砕され、無様な形をさらしていた。
ヒーリーらフォレスタル軍がワイバニア第三軍団の密集隊形を破ったのにはいくつか理由がある。
ひとつはフォレスタル軍とワイバニア軍の交戦領域における戦力分布の差である。先端部を錐形に形成したワイバニア軍と、面状に横陣を敷いたフォレスタル軍では、その戦力差に五倍以上の開きがあり、ワイバニア軍の許容量を大きく超えていたためである。
ふたつめはヒーリーが全力突撃を命じた点にある。通常ならば、戦場に長時間留まるために、兵士達はある程度力を温存して戦わねばならない。ヒーリーは短時間で勝負を決するため、あえて全力で攻撃を命じたのである。
「ようし、退けぇ! さっさと退くんだ。敵と味方で挟み撃ちになっちまうぞ!」
ワイバニア兵をひとしきり倒したフォレスタル軍中隊長は叫んだ。喧噪にまぎれて突撃のラッパが聞こえる。後方の第二陣がもう向かっているのだ。中隊長や小隊長の命令を聞いた兵士達は敵に構うことなく走り出した。
「よし、第三陣の突撃も用意しておくんだ。とりあえずは作戦成功だ」
第二陣の攻撃を確認したヒーリーは斜面をにらみつけた。反撃する暇も、防戦する暇も与えない。激闘は未だ続いていた。