第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八十五話
「いやっはっはっは! 痛快痛快!」
ワイバニア軍が落とし穴におちていく様子を見たスタンリーは破顔大笑した。スタンリーは攻城兵を使い、ワイバニア軍の前方に落とし穴を掘らせていた。戦術としては原始的であり、幼稚なものだったが、他に進路がなかったワイバニア軍にとってはその原始的な罠にはまるより他に、方法はなかったのである。
「アーチボルト君、弓兵隊掃射用意」
第四軍団弓兵大隊長アーチボルト・フェリスは頷くと、右手を上げた。大隊千名がことごとく長弓を構え、空に狙いを定めている。
敵の前衛が射程距離に入ったことを確認したアーチボルトは上げた右手を一気に振り下ろした。千本の矢が風切り音を立てて、空に吸い込まれていく。その数秒後、ワイバニア軍前衛に矢の雨が降り注いだ。
「下がれ、下がれ!」
ワイバニア前衛集団はパニックに陥った。上からは矢の雨、周囲は秩序を乱し、逃げ惑う味方。絶望を絵に描いた惨状だった。
「軍団長が見ていらっしゃるのだ。敵も見ているんだぞ! 醜態をさらすな! 隊列を整え、上からの矢は盾で防げ!」
前衛の歩兵大隊長が兵達を叱咤する。上位軍団の兵士達の上位たる由縁はその精強さと命令を忠実に実行できる能力にある。ごく短時間でワイバニア軍第三軍団前衛は強固な陣を組んだ。
「さすがは上位軍団、大したものだ。もう態勢を立て直すとは」
最前線の様子を双眼鏡で見たスタンリーはワイバニア第三軍団の動きに嘆息した。弓兵大隊は連射を続けているが、もう効果は望めない。奇襲を警戒するかに思われたが、ワイバニア軍にその意志はないようだ。斜面をしっかり踏みしめて、前進を続けている。時間稼ぎはもうできそうにない。スタンリーは作戦の失敗を実感した。
「全隊、後退! ワイバニア軍がやってきます。急いで引き上げないと
ひとたまりもありませんよ!」
スタンリーは手を叩くと、後退を命令した。敵軍とわずかに間隙がある今こそが、後退の好機だった。
「あとは、ヒーリー殿下にお任せして、すぐに第四軍団と合流しましょう。敵はただ者じゃぁない。救援が間に合わないと、大変なことになります。さぁ、行け行け行け!」
スタンリーは両手を上げて兵達を叱咤した。スタンリー率いるフォレスタル第四軍団別働隊は第四軍団の名に恥じない高速で撤退を開始した。
「追撃しますか?」
敵軍の撤退を見た副官のヘルマンがシラーに尋ねた。
「だめだ。そんなことしたら側面攻撃のいいカモだ。全軍、そのままの速度を維持せよ」
ワイバニア第三軍団長マンフレート・フリッツ・フォン・シラーは指揮下の軍団に命じた。前方には遠ざかるフォレスタル軍の小部隊と、接近するフォレスタル軍の一個軍団が見えていた。