第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八十四話
アンジェラとの話が終わったと見たメアリは軍団長室からゆっくりと姿を現した。
「作戦実行の時は近いわ。急ぎましょう。全軍もそろそろ展開を終える頃よ」
「あぁ、そうだな」
ヒーリーとアンジェラは装甲馬車の屋根に上る。装甲馬車は風を切って速度を上げつつある。ヒーリーは前髪をおさえると、双眼鏡を手に取った。横陣を敷いた三重連の隊列が見える。右翼後方にはアルレスハイム連隊、左翼後方には騎兵大隊が突撃の時を待っていた。
「相手は不動の第三軍団……。勝てるかな?」
「現実逃避の質問ね。軍団長閣下」
メアリは少し皮肉めいて返した。
「手厳しいな、メアリ」
「ワイバニア軍全十二軍団を向こうにまわす将がたかだか一個軍団を相手に何を弱気になっているの? わたしの作戦は完璧よ。あとはあなたの指揮次第。大丈夫、勝てるわよ」
参謀長にしては楽天的に過ぎる言葉だった。しかし、彼女の言葉は的確だった。ヒーリーの実力は客観的に見てもシラーを超えるものであったし、すでに戦略上、勝利を収めているのだから。
「そうだな」
ヒーリーは参謀長の言葉に短く笑った。
ヒーリー達が斜面への展開を終えようとする頃、マンフレート・フリッツ・フォン・シラー率いるワイバニア第三軍団は斜面を登りはじめていた。
「まったくいまいましいものだな。敵に地の利がありすぎる」
シラーは舌打ちした。実質的に戦場はフォレスタル軍第四軍団旧陣地に限られている。それ以外はフォレスタル軍と森林に囲まれ、大軍の戦術行動には向かない。しかし、フォレスタル軍はその戦闘範囲ぎりぎりで布陣しており、第三軍団の動きは大きく制約を受けていた。
長く伸びていた魚鱗の陣形が元の大きさに戻りつつある。先陣の歩兵大隊が斜面を登ることでその速度を大きく減じたためだった。
「ようし、全軍そのまま前進。敵を蹴散らせ!」
それ以上の命令をシラーは口に出さなかった。このままの速度と突進力で敵に突撃するのが、最善の策だったからである。
第四軍団の旧陣地にワイバニア軍の先頭集団がさしかかったとき、信じられないことが起きた。ワイバニア軍の地面が突然無くなり、地面深く開けられた穴に兵士達は次々と落ちていった。
「止まれ、止まれ! 落っこっちまうぞ!」
「やめろ! 押すな!」
先頭の兵士達は声を限りに叫んだが、一度ついた勢いは簡単に止まらない。被害が分隊から小隊、小隊から中隊規模になるまで時間はかからなかった。