第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八十三話
「ヒーリー殿。あなたはもっと汚くなっていいのです。あなたは優しく純粋だ。わたしはまだ、あなたへの恩義を返せていません」
「いえ、もう十分に返していただいています」
「いや、まだです。あなたはわたしを守ってくれるばかりか、食客であるわたしに地位を与え、保証してくださいました。ただあなたの忠誠に応えるばかりが、恩義を返すことにはなりません」
アンジェラはヒーリーを真っすぐ見た。ヒーリーは苦笑いを浮かべ、ばつが悪そうに頭をかいている。アンジェラは役に立ちたかった。三国の雌雄を決する戦いに。かつての同胞と戦い、殺すことに抵抗はある。迷いがある。それでも、フォレスタルの将として兵を率いる以上、全力を賭して戦いたかったのだ。それが、かつての友や部下を殺す痛みを和らげてくれると感じたから。
「ヒーリー殿! ……どうか、わたしを……」
「アンジェラ殿。あなたは本当におれの恩義を返してくれています。本当に。おれはあなたに必要以上の重荷を背負わせてしまった。かつての同胞と戦うことを強いてしまった。それがもとで、あなたをさらに苦しませている」
「……!」
図星をつかれたアンジェラは、顔を紅くさせた。
「客分として、おれの話し相手になってくれれば、助言者になってくれればそれだけでよかったはずなのに。大国と戦うために、あなたの武人としての能力と気質を利用してしまった。友人を利用するとはなんて卑怯なことでしょう」
「ヒーリー……」
アンジェラは初めて、ヒーリーに対して敬称を外した。それが真に友として打ち解けあった瞬間か、それとも自身が利用されていたことを吐露された怒りによるものか。アンジェラ自身にもわからなかった。
「だから、せめてその償いはさせて欲しい。あなたがかつての敵と戦うことがあっても、あなたにかつての同胞を売るような真似はさせない。おれの権限と目が行き届く範囲でしか、あなたを守ることは出来ないが、絶対にあなたを守ってみせる」
アンジェラは、ヒーリーを信頼してきた。それは、彼女がヒーリーを信頼するしか彼女の生きる道がなかったからだと思っていたが、本当は違っていた。ヒーリーは強い。それは戦士としての強さではなく、彼の心の強さによるものであり、彼女はそこに惹かれたのだ。弱さをも強さに変え、目に届く全てのものを守ろうとする彼の優しさに。
「ヒーリー……」
アンジェラは金色の髪をきらめかせ、ヒーリーの足許に跪いた。
「アンジェラ・フォン・アルレスハイム。ヒーリー・エル・フォレスタルに絶対の忠誠と、変わらぬ永遠の友誼を我が剣のもとに誓います。例え死して、屍を野辺にさらすとも、魂は常にあなたと共にあらんことを」
ヒーリーは胸のホルスターから愛銃アストライアを抜くと、銃の柄をアンジェラの肩に置いた。
「ならば、ヒーリー・エル・フォレスタル、我が愛銃アストライアのもとに、アンジェラ・フォン・アルレスハイムに永遠の友誼を誓約する。たとえ、この銃、この身がほろぶとも、その魂が共にあらんことを」
ヒーリーもまたアンジェラの宣誓に応えた。彼がここまでの信頼を預けられる共に出会うのは、恐らく最初にして最後であろう。
「では、わたしは連隊に戻ります。……ヒーリー。マンフレート・フリッツ・フォン・シラーはわたしと士官学校時代の同期であり、専門は同じ騎兵でした。勇壮にして大胆、そして深謀遠慮の容易ならざる将です。騎兵の指揮においては、わたしよりもはるかに上です。お気をつけを」
「わかった……」
アンジェラは言い残すと作戦室の扉を閉めた。