第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八十二話
フォレスタル軍第四軍団に合わせて、ヒーリー率いるフォレスタル第五軍団もまた、その戦闘準備を整えていた。第五軍団指揮下アルレスハイム連隊連隊長アンジェラ・フォン・アルレスハイムはヒーリーの元に着陣した。
「アンジェラ・フォン・アルレスハイム、入ります」
作戦室の中には、攻城兵大隊長とアンジェラ指揮下のふたりの大隊長をのぞく、七人の大隊長が作戦室の机を囲んでいた。アンジェラは二人の大隊長に目配せすると、ヒーリーの左、副軍団長のアレックス・スチュアートの向かいに腰掛けた。
「申し訳ありません。遅れました」
謝るアンジェラをヒーリーは手で制した。
「ついに、第五軍団全軍を上げて、初の戦闘が始まる。敵はワイバニア第三軍団、初陣にしては荷が勝ちすぎるが勝たねばならない。作戦についてはこれから参謀長が話す」
ヒーリーから話をふられたメアリは大隊長達を前にワイバニア軍撃退のための作戦案を説明した。その内容は第五軍団の特徴である遊撃機動戦力による立体波状攻撃だった。作戦がうまくいけば、ワイバニア軍は戦力を漸減させられながら、斜面を下っていくことだろう。その骨子を理解した第五軍団幹部は頷いていた。
「だが、皆。決して油断するな。相手はワイバニア軍第三軍団だ。軍団長が変わったとはいえ、ピット卿と互角の戦いを演じた強さは侮れない。しめてかかれ! ……そして、皆。この戦いに絶対に勝たねばならない。ワイバニア軍をミュセドーラス平野に閉じ込めなければ、我々に勝ちはない。諸君らの健闘を祈る」
大隊長は全員起立、敬礼すると、それぞれの部隊に散った。副軍団長のアレックスすら出て行った中で、アンジェラは一人作戦室に残っていた。
「すまない、参謀長。席を外してくれないか?」
アンジェラの様子を察したヒーリーはメアリに言うと、メアリは隣の軍団長室に下がっていった。
「どうしましたか? アンジェラ殿」
「いえ、わたしよりもヒーリー殿の方にこそ、何か言いたいことがあったのではないかと思いましたが……」
メアリが作戦案を説明する最中、たった一度だけヒーリーがアンジェラの方を見たのを、彼女は見逃さなかった。ヒーリーは頭をかいた。
「恥ずかしい話です。勝つためとはいえ、あなたに敵将について聞こうとしたのですから。それがあなたを傷つけることになるのだとわかっているのに」
アンジェラはワイバニア軍からの亡命者である。その中枢にいた情報は並の斥候よりもはるかに価値のある情報を持っている。しかし、ヒーリーはあえてその情報を彼女から聞き出そうとしなかった。
好きで亡命した訳ではない。身を守るために亡命したのである。かつて味方だった者を売る行為を賓客にさせてはいけない。そう思い、ヒーリーはずっと彼女を尋問官から遠ざけていた。