第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第七十九話
「マクファーデン君、人間にはできることと、できないことがあるのです。正直に言いましょう。今のあなたには参謀長は務まらない」
「はい……。それはよく承知しています。ですが、今のあなたは次席参謀の任務を滞りなく遂行できます。それは、あなたをずっと見てきたわたしだからわかることです。それに、あなたには後方担当参謀として、目を見張るべき才がある。今はあなたの才を発揮するときなのです」
「参謀長……」
スタンリーはアビーの肩を優しく叩いた。アビーは涙を拭うと、上官に一礼し、仕事に戻っていった。
「それでいい……」
忙しく動き回る部下達を眺め、襟を正したスタンリーは作戦室の隣にある部屋の扉をノックした。
「スタンリー・ホワイト、入ります」
スタンリーは軍団長室を見回した。装甲馬車はもともと、敵の矢から乗員を守るように作られており、採光のための窓などは存在しない。明かりをともさねば、部屋の中は昼までも暗闇に近い状態だった。
暗闇に目が慣れてきたスタンリーは、ベッドに寝そべる軍団長の姿を見つけた。
「何ですの……? わたしを笑いにきましたの? この敗軍の将を……」
スタンリーと同じ空気を吸うのさえ、不愉快と言った様子で、マーガレットは起き上がった。
「ワイバニア軍が、我が軍団の陣地目指して進軍中です」
「そう……。ならば、あなたが敵軍を撃退なさい。わたしのような無能者はここで戦いが終わるのを寝て待っていますわ」
「軍団長!」
スタンリーはマーガレットを起こすべくベッドに手を伸ばした。
「近づかないで……」
午後の光が装甲馬車の覗き窓からこぼれ、マーガレットの顔を照らす。ずっと泣いていたのだろう。目は赤く腫れ、凛々しい戦姫の面影はどこにもなかった。
スタンリーはマーガレットの言葉に背き、無理矢理マーガレットを抱え起こした。
「離しなさい! 離して! この下郎!」
暴れるマーガレットの肩をスタンリーは押さえつけた。
「軍団長! 失敗や失策は挽回すればよいのです。この第四軍団の長はあなたです。あなたが陣頭に立って戦わねば、第四軍団は戦えません。わたしはいかようにののしられてもかまいません。しかし、フォレスタル軍の勝敗は、あなたが立つかにかかっているのです!」
スタンリーの言葉に、マーガレットは暴れるのをやめた。
「出て行きなさい。スタンリー・ホワイト」
「軍団長……」
「この格好で戦場に出ては、敵味方に大きな恥をさらすだけですわ……。湯浴みして着替えます。それまで、外で待っていなさい。夫でもない男に肌をさらすほど、わたしはふしだらではありませんわ」
スタンリーは顔を明るくさせると、上官に言った。
「ただ、待っているのも退屈です。湯浴みの時間まで、敵にも待ってもらうとしましょう」
「その時間はわたくしも何もできませんわ。軍団の運用は一時あなたに任せます」
スタンリーは敬礼すると、マーガレットの部屋を出て行った。




