第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第七十八話
「バレたな。こりゃ……」
軍団長専用馬車の屋根の上に取り付けられた指揮所の上、ヒーリーは冷や汗を垂らした。
「敵もさる者ね。ではBプランの発動をホワイト参謀長に……」
ヒーリーは自分の片腕に目でたしなめた。
「いえ、マーガレット軍団長に連絡しますか?」
ふもとでは魚鱗の陣形を組んで前進する敵軍の姿が見える。本格的な軍団単位での戦闘はヒーリーもはじめてになる。ヒーリーのわずかばかりのふるえをメアリは見てとった。
「大丈夫、前の敵は第一軍団よりも弱いわよ。第五軍団参謀長として、作戦を提案したいのですが、お許しいただけますか?」
各隊に指令を出す間にメアリはヒーリーに作戦案を説明した。その内容に満足したヒーリーは少しの訂正を加え、作戦の実行をメアリに命じた。
第五軍団とほぼ隣接する第四軍団陣地。開戦当初布陣した陣地よりやや後方にさがった斜面にマーガレットとスタンリーは司令部を設置していた。
「まずいな……。これは……」
ヒーリーの命令により、第四軍団参謀長に復帰したスタンリー・ホワイトは司令部にて戦力の再編を行なっていた。十二軍団との交戦によって、フォレスタル軍第四軍団の戦力はほぼ半減したと言ってよく、数字の上では六千の兵力を数えていたが、実質戦えるのは、その四分の三程度しかなかったのである。
部隊の整理に忙殺されていた参謀のもとに、さらに凶報がもたらされた。ワイバニア軍前進。フォレスタル軍の意図が敵に見破られたのである。実働できる兵力は少ない。次席参謀アビー・マクファーデンら参謀達はその報告に色めき立った。
「敵軍が動いたということは、ヒーリー総司令官はプランBを発動するでしょう。しかし、わたし達とて、ワイバニアの上位軍団と互角には戦えないですからなぁ……」
スタンリーは額に浮かぶ汗を拭った。今までのようにふりではない。本当に冷や汗を垂らしていたのである。それはそのまま、第四軍団が再び窮地に立たされていることを意味していた。
「マクファーデン君」
先生が生徒を呼ぶような穏やかで低い声で、スタンリーはアビーを呼んだ。
「は、はい」
「あなたに、第四軍団の再編を全て委ねます」
アビーは顔をあげた。スタンリーの顔は笑っているが、言っている内容は本気だ。アビーは生唾を飲み込むと、上官に言った。
「待ってください! わたしには、そんなことできません! 次席参謀だって、身に余ることなんです……。ですから、この役目は他の能力のある人に任せてください! わたしには無理なんです……」
次席参謀は涙を流してスタンリーに再考を迫った。しかし、彼女の上司は首を横に振った。