第一章 オセロー平原の戦い 第三十三話
「信じられん。ブルーノが死んだだと? あのブルーノが……」
旧知の間柄であり、最も信頼出来る部下を失い、ジークムントはショックを隠しきれなかった。だが、ブルーノの死は単に部隊長を失ったことにとどまらなかった。指揮系統を失ったワイバニア軍龍騎兵隊は総崩れとなり、全滅にも等しい損害を受けていたのである。空の守りを失い、ワイバニア第十軍団はここに戦力のほとんどを喪失したのである。
「わかった。退却だ……。全軍、退却せよ」
ジークムントは小さく声を絞り出した。彼にとって、いやワイバニア軍にとってこれほどの大敗は例のないことだった。彼の命令のすぐあと、第十軍団の本陣から信号旗とのろしが上げられた。
「あののろしは……。直ちに全軍退却だ。後衛はフォレスタル軍の進撃に注意せよ」
全軍退却ののろしを見たワイバニア第三軍団長ヨハネス・フォン・ハイデルベルグは直ちに全軍退却を命じた。
「ワイバニア第三軍団が退いてくれるか……十二軍団の三番手であの手並み……恐ろしくなるわい。よいか、全部隊に追撃戦は避けるように通達せよ。返り討ちにされるぞ」
フォレスタル軍第一軍団長フランシス・ピットははやる部下を抑え、追撃戦の禁止を厳命した。同時刻、テンペスト湖岸に布陣していたフォレスタル軍第二軍団長ハーヴェイ・ウォールバンガーも同じ判断を下していた。
「全軍、退却」
ヨハネスが兵を退いたのと時を同じくして、フォレスタル第二軍団と対峙していたワイバニア第七軍団長アンジェラ・フォン・アルレスハイムも全軍退却を命令した。
「これ以上の交戦は意味がない。むやみに攻撃を加えても、我々の損害が増えるばかりだ。タイミングを合わせて、こちらも撤退するぞ」
ハーヴェイはワイバニア第七軍団が警戒線から出たことを確認すると、全軍退却の命令を出した。
星王暦二一八二年六月十六日、オセロー平原の戦いはフォレスタル軍の圧倒的勝利で幕を閉じたのである。