第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第七十四話
「アルトゥル・フォン・シュレーゲル副軍団長……」
「はい」
「もう少し待ちましょう」
「……は?」
「あわててもろくなことにならないわ。勇み足で失敗した例はフォレスタル軍が示してくれたでしょう? 戦うべきときは必ず来る。待ちましょう」
「は、はい……」
ベティーナは微笑むと、傍らの第三軍団を見た。旗に精気がみなぎっている。時は近い……。第七軍団がその力を発揮するときが近いことをベティーナは察していた。
「我々は不動の第三軍団だ。敵が動くまでじっと我慢するんだ」
ワイバニア軍第三軍団長マンフレート・フリッツ・フォン・シラーはぼさぼさの髪をかいて言った。背後に立つ副官のヘルマンは何か言いたそうな表情を浮かべている。シラーはヘルマンを一瞥すると、小さく息を吐いた。
「何か言いたそうだな。ヘルマン」
「い、いえ……。わたしは……」
「我慢の理由だろう? ヘルマン、我々の兵力は?」
「一万八千です」
「敵の兵力は?」
「えぇと……。二万です」
「……第七軍団の報告書には目を通していなかったな。彼らの調べは最も公正で客観的だ。彼らの報告には総兵力は二万五千、敵軍は戦力を再編中だが、それを差し引いても二個軍団では少々分が悪い」
「それは分かっております。わたしが言いたいのはーー」
ヘルマンが口に出した言葉に、シラーは目を見開いた。敵軍の真の意図に気づいたのだ。同時にシラーは究極の二択を迫られた。どちらに転んでも、損害は大きい。敵将の狙いは、そこにあったのではないか。ミュセドーラス平野に侵入したときからすでに、ワイバニア軍は敵の術中にはまっていたのではないか。シラーは前方の斜面を睨んでいた。