第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第七十二話
「おい、どういう冗談だ? これは……?」
ヴェルにくわえられたまま、ウィリアムは振り向くと幕僚達に尋ねた。
「そ、それは……その……」
「あ、ヴェルさんの脚に手紙がついていますね。よしよし」
エミリアはヴェルの頭をなでると、ヒーリーからの命令書を読み上げた。
「『第三軍団長ウィリアム・バーンズは水でもかぶって頭を冷やせ』だそうですよ」
ようやくヴェルから解放されたウィリアムはヒーリーからの使者をよけると作戦室を出て行った。
「ありがとうございました。ヴェルさん、もうヒーリー殿下のところに戻って大丈夫ですよ。わたしがちゃんとしておきますから」
エミリアの言葉に短く応えたヴェルは大きな翼を広げて空へと舞い上がった。扉が開いたままの作戦室の中はヴェルが起こした風にあおられて書類や筆、陣形図など雑多なものが飛び上がっている。
「……大丈夫ですか? 軍団長は?」
床に落ちた書類を拾い上げながら、マーシャルはエミリアに尋ねた。
「大丈夫よ」
「ーー大丈夫だと思うよ」
第五軍団陣地、その中心にあるヒーリー専用馬車の作戦室で、ヒーリーは参謀長であるメアリに言った。
「あいつは勇将だが、猛将ではない。自軍の戦力と敵軍の戦力を正確に把握して戦える男だ。それに猪突して失敗した例をやつは学んでいる。総司令部が手綱を握っていれば、問題はないさ」
「そうね……それに……」
言いながら参謀長は新しい書類をヒーリーの机においた。
「それに、何?」
「エミリア先輩、怒るとわたしより怖いわよ」
「ははは……そいつは、大変だ」
苦笑すると、ヒーリーは書類に目を通しはじめた。フォレスタル軍の後方に着陣して以来、ヒーリーのもとにはさまざまな情報が入って来る。メルキド軍の戦闘詳報、入り口のワイバニア軍予備兵力の動向、そしてフォレスタル軍の再編状況。彼が最も気がかりにしていたのはこれだった。時間がかかり過ぎては戦いに間に合わないどころか、逆撃されて壊滅してしまう。スタンリーの手腕が頼りだった。