第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第七十話
「だって、敵はまだ動く気配ありませんし、敵の目的は牽制にあるみたいですよ。それに、今たたくと、敵の増援に側面攻撃を許してしまいます」
ウィリアムはエミリアをどけると窓に取り付き、斜面と麓の様子を確認した。
「なるほど……」
「それに第四軍団の旗を見ると、どうやら戦力が相当減らされていますね。スタンリー参謀長の手腕でも、建て直しにはもう少し時間がかかるでしょう。戦力が回復しないまま戦っても、やられてしまいますよ」
「なるほど……」
ウィリアムは釈然としないでいた。
(こいつ、一目見てフォレスタル軍と敵軍の陣容を見抜きやがった)
この時代において、エミリアの洞察眼にかなう人物はヴィクター・フォン・バルクホルンしか存在しない。しかし、ヴィクターはエミリアと比べて圧倒的に戦闘経験に劣る。
十八歳で初陣を果たし、大小三十の戦闘に参加し、生き残ってきたエミリアとは大きな差が開いていた。
「それでは、おやすみなさい」
「だめだ。寝るな。ここにいろ」
彼女の寝室と化した軍団長室に戻ろうとしたエミリアにウィリアムは極めて短く命令した。
「何でですか? 動く必要はないって申し上げたじゃないですか。軍団長のケチ」
反論の代わりにウィリアムからは二度目の拳骨が落ちてきた。
「痛ぁ……。だから、お嫁さんもらいないんですよ。バカ」
「バカと言いやがったな! この野郎! 大体お前だって独身のくせに、人のこと言えないだろうが!」
「軍団長、落ち着いて!」
「相手は参謀長なんですから!」
エミリアに殴り掛かろうとしたウィリアムを幕僚達が取り押さえた。顔を真っ赤にし、怒りを爆発させたウィリアムにエミリアは舌を出した。火に油を注ぐ行為だ……。彼を取り押さえた三人の参謀は血の気が引いていく音を感じた。
「マーシャル次席参謀!」
「は、はい!」
次席参謀のマーシャルはうわずった声を上げて上官に答えた。
「丘をあがって、ヒーリーの馬鹿に第三軍団の出撃命令をとりつけてこい!」
「はい、ただいま!」
マーシャルは敬礼すると、電光石火の速さで作戦室を出て行った。恐らく、出撃命令は出ないだろう。しかし、今は軍団長の怒りが何よりも怖い。顔を青くさせた次席参謀は伝令用の翼竜に飛び乗った。