第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第六十九話
「まだ、ヒーリーは動かないのか!?」
背後の第五軍団をフォレスタル第三軍団長ウィリアム・バーンズはにらみつけた。
「は、はい……。総司令官からは『動くな』との命令が届いております」
参謀のひとりがウィリアムの剣幕に圧され、冷や汗を垂らした。もともと先制攻撃を得意とするウィリアムにとって、このように相手の出方をうかがう戦いは彼に想像を絶する忍耐を必要とした。もっとも、その忍耐力もすでに使い切っている。一刻も早く敵と戦いたい。フォレスタル一の勇将は目を血走らせて眼前の敵に相対していた。
「ん? まだ戦わないんですか?」
軍団長専用馬車に設置された作戦室。その隣にある軍団長室から寝癖に瓶底眼鏡をかけた女が姿を現した。第三軍団参謀長、エミリア・バスカヴィルである。
「まだだよ。我らが総司令官殿が動くなとよ」
「だめですよ〜。上官をそんな風に皮肉っちゃ」
ねむけまなこをこすりながら、エミリアはゆらゆらと歩きながら窓にしがみつき、戦況を確認した。
「ん」
「ん」
目を細め、彼女にしては真剣なまなざしをして唸ると、またゆらゆらと動き出した。
「どうやら、総司令官の判断は正しいようですね。それじゃ、攻撃開始までおやすみなさい」
嬉しそうに軍団長室に戻る参謀長の三つ編みをウィリアムは引っ張った。
「い、痛い! 何するんですか!?」
「それはこっちの台詞だ! どこの世界に戦いの最中に爆睡こく参謀長がいるんだ!?」
「ここにいます」
胸を張る参謀長の頭上にウィリアムの拳骨が落下した。
「何するんですか?」
「お前な。いくつだと思ってんだ? 三十二だぞ、三十二。おれより四つも年上なんだぞ! 少しはしっかりできないのか?」
痛そうに頭をさするエミリアにウィリアムは言った。エミリアは今年三十二歳。ウィリアムよりも四歳年長にあたるが、外見上では四歳年下に見えてしまう容姿の持ち主だった。参謀長としての能力はキングストンには及ばないものの、それに最も近いと言われる傑物だったのである。




