第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第六十七話
このミュセドーラス平野の戦いはディサリータの将としての天分をのぞかせた戦いであった。これまで、ディサリータの軍団長としての評価は内外問わず「お飾り」に過ぎなかった。それは十五歳と言う彼女の年齢と人見知りな性格、そして何よりも実戦経験も軍隊経験もなく軍団長に就任したことにある。
「温室育ちのお嬢様に何ができる」
軍団長格の人間は彼女を暖かく迎えたが、それ以外の人間はおおむね彼女が軍団長であることを好意的に見てはいなかった。
彼女の初陣は周囲の予測を大きく裏切った。軍師の陰から常に出ることがなかった彼女が、戦機を読み、的確に指示を出しているのだから。恐らく、戦術における柔軟な思考はアリーの上をいっていただろう。彼女の戦術は卓越した戦術指揮能力を持つリピッシュですら驚嘆せしめた。
「潰走した歩兵が左右に展開しているな。敵第四軍団長は初陣と聞いているが、堂々たる用兵だ。有能な軍師もついていると言うが、おそらくはそいつの手腕だろうな。楽に撃破できると踏んでいたが、なかなかどうして、うまくいくものではないな」
リピッシュの推論は間違っていた。この時点ではアリーはディサリータの伝聞、報告役に徹しており、彼自身はまだ戦場で十全に力を発揮していなかったのである。
ディサリータの戦術変更はそのままリピッシュの危機に直結した。現在、ディサリータは敵第六軍団に対し、理想的な包囲戦を展開している。これほどスムーズに包囲が成功することはアルマダ戦史上きわめてまれである。包囲下におくことが出来れば、ディサリータの名は、三国の戦術教本に永久に刻まれたであろう。
しかし、包囲は成功しなかった。リピッシュがディサリータの包囲を察し、騎兵と弓兵が第六軍団後方に展開を終える前に、後退を終えてしまったからである。
「ん? おい、ワイバニア軍が逃げていくぞ! 奴ら、逃げ足だけは一丁前だぜ!」
前線のメルキド軍兵士は全速で後退するワイバニア第六軍団を指差しては大笑いしたが、軍団長クラスの考えは異なっていた。包囲寸前にあった味方を損害もなく退却させたリピッシュの能力を激賞したのだった。
「……オリバー・リピッシュを相手にしたくないな。参謀長。彼は多分、ハイネ・フォン・クライネヴァルトより厄介だ」
フォレスタル第五軍団陣地でリピッシュの戦いを見たヒーリーは傍らのメアリに言った。メアリは双眼鏡で遠方の激闘を観戦している。
「自軍の速度と、包囲されるまでの時間を即座に計算して、全速後退に踏み切ったわね。あの機動を見ると、動きに一切のためらいがないわ。まさに名将ね」
「あぁ、彼は目的の達成のためなら、手段を選ばない人間のようだ。……もちろん、いい意味でね。ハイネは戦術の独創性、戦術眼、どれをとっても彼の上をいく。だけど、ハイネには戦士としての美学がある。そこに勝機があるのだけれど、リピッシュはそう言ったロマンチシズムには無縁だろう。それだけに厄介だ。……ピット爺はよくもあんな名将を赤子同然にひとひねりしたもんだ」
ヒーリーは肩をすくめた。メアリは双眼鏡を下ろすと、意外そうな眼差しを彼に送った。ヒーリーがここまで敵将を誉めることは極めてまれである。メアリが経験した中でははじめてのことだ。戦いの中、彼も変わりつつあるのだ。メアリは肌でヒーリーの成長を感じていた。