第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第六十四話
他の軍団が斜面を下るのと時を同じくして、ディサリータ率いるメルキド軍第四軍団もオリバー・リピッシュ率いるワイバニア第六軍団に向けて攻撃を開始した。
「第一から第三歩兵大隊前進! 弓兵大隊は適宜、歩兵大隊を援護射撃せよ」
装甲に守られた戦象のやぐらの中で、第四軍団軍師、アリー・ゼファーは声を張り上げた。他の軍団長は後方の陣地や装甲馬車を指揮所にしていたが、アリーだけは違っていた。
彼は「安全」ということに過剰なまでにこだわった。それは今、彼の後ろにいる主君を守るために他ならなかった。
ディサリータは彼女よりも少し大きめに仕立てられた鎧に身を包み、顔をこわばらせている。
守らなければならない、この小さな主君を。若き忠臣はその義務を愚直に守り続けた。ディサリータはもともと望んで軍団長になったわけではない。メルキド公国有数の実力者である彼女の父がたった十五歳の少女を無理矢理軍団長職につけたのである。
望まない地位につき、望まない戦いで命を落とすのは、なんと悲しいことだろうか。幼き頃から彼女の父に才能を見込まれ、ディサリータに仕えてきたアリーは彼女を絶対に死なせてはならないと考えてきた。
一刻も早く戦いから解放され、彼女には幸せになって欲しい。それだけが、アリーの願いだった。
「敵は我々よりも数は少ない。油断せず、臆せずに当たれば、勝ちは我らのものだ。全軍前進!」
アリーは全軍に檄を飛ばした。万を超える兵達が、雪崩のように第六軍団の方陣へと襲いかかっていく。
「大軍の運用としては間違いではないな。小細工をせずに寡兵を粉砕する……か」
第六軍団長オリバー・リピッシュは器用に片目を開けた。フランシス相手には一歩譲ったものの、リピッシュはワイバニアきっての戦上手と知られており、敵の攻撃に対して柔軟に対応できる思考の持ち主だった。その戦場での駆け引きの巧みさは、十二軍団長の誰もが一目置くほどであり、アンジェラ・フォン・アルレスハイムは彼の軍団に所属していた時代に、オリバー自ら用兵学を叩き込んだ直系の弟子とも言える存在だった。