第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第六十一話
ローサ・ロッサ率いる第五軍団の突撃とほぼ同時に、ラシアン・フェイルード率いるフォレスタル第六軍団も突撃を開始した。
「第一から第三歩兵大隊前進。整然と、後続と足並みを揃えてだ。第二陣、前衛から離れるなよ」
口数の少ないラシアンも、今日だけは必要以上に口数は多かった。彼自身も彼の部下達も三国入り乱れる大会戦は経験がない。はやる部下を統制下に置くために、彼は普段よりも細かな命令を発していた。
「我ながら、自制が強すぎるな。笑ってしまう」
足並みを揃えてゆっくりと斜面を下る軍団をみながら、ラシアンは自嘲気味に笑った。もともとは石兵乗りとして名を馳せたラシアン・フェイルードは巨兵大隊による突進攻撃を最も得意としており、歩兵大隊を前にしての攻撃は彼らしくない方法だった。
だが、彼としては巨兵大隊をここ一番の奥の手として使おうと考えており、彼の陣形の突破を目論むワイバニア第二軍団がくさび形の陣形を編成しているのを見るや、彼は自らの作戦が間違っていないことを実感した。
前方の第二軍団を率いるはマレーネ・フォン・アウブスブルグ。ワイバニア第二位の軍団長である。その指揮能力と用兵の妙は先刻のフォレスタル軍との戦いで見せつけられている。
(勝てるのか……やつに)
冷静無比のラシアンは、自らの力に疑問符を持たざるを得なかった。ラシアン・フェイルードは冷静に戦局全体を見渡し、必要な戦力を振り分けて勝利することが出来る一流の軍団長である。
それだけに、彼はマレーネとの実力差を自覚せずにはいられなかった。
斜面を下りたメルキド第六軍団の隊列に、ワイバニア第二軍団が襲いかかる。ラシアンは技巧をこらして整然と重厚な人を築いていたが、敵の軍団の方が先端に戦力を集中している分、攻撃力は高い。ラシアンの前線はたちまちのうちに崩れていった。
「悔しいが、向こうの兵の方が強い。戦線を下げて一つの線となし、しかる後に再突撃をかける」
ラシアンは前線の三個大隊に後退命令を出したが、これが裏目に出た。マレーネ率いる第二軍団は同じ速さで第六軍団を追尾したのである。
「しくった! これでは戦線を立て直すことは無理だ。第一、第二歩兵大隊は左翼、第三歩兵大隊は右翼に回れ。急げ」
このときのラシアンの命令は前線には届かなかった。正確にいえば、ラシアンの予測以上に命令が届くまでに時間がかかったのである。
その隙をついてマレーネはピットの横陣を攻撃したのと同じ攻撃を、ラシアン率いる第六軍団にも加えた。彼女は軍団を一時後退させると、全軍を五つに分け再突撃し、さらに後退させると、全軍を結集させ、さらに第六軍団前衛に突進した。
ワイバニア第二軍団の移動と展開の速さは、フランシス率いるフォレスタル第一軍団を攻撃したときよりもさらに速く、敵将であるラシアンですら、その用兵を賞賛した。
「何と言う速さだ。想像をはるかに超えている……。これがマレーネ・フォン・アウブスブルグか」
ラシアンは敵将に畏敬の念を抱かずにいられなかった。第六軍団の前衛を突破したワイバニア第二軍団は巨兵大隊が守護するメルキド軍第二陣に突入しつつあった。