第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第五十九話
「メルキド公国増援軍総司令官ヒーリー・エル・フォレスタルの名において、戦闘終結後、第四軍団長マーガレット・イル・フォレスタルの軍団長号を剥奪する」
マーガレットの体に稲妻が走った。第四軍団長というポストは彼女自身のプライドの根幹とも言えるものである。自らの過失とはいえ、彼女にはあまりに酷な罰だった。
マーガレットは膝を落とすと、その場に泣き崩れた。
「なお、解任された第四軍団参謀長スタンリー・ホワイトはフォレスタル王国軍総帥代理ヒーリー・エル・フォレスタルの名において、第四軍団参謀長に改めて任命するものとする。以上だ」
処断を終えたヒーリーは軍団長、幕僚を帰らせると、メアリと二人きりになった。作戦室を出て行くウィリアムは苦笑めいた笑いを浮かべ、マーガレットを抱いたスタンリーは彼女に気づかれぬようにヒーリーに何度も頭を下げていった。
「ヒーリー」
「甘いなら、甘いって笑えよ。厳しくしなければと思ってこれだ。我ながら情けない」
メアリはヒーリーの処断の意図を完璧に理解していた。この戦いが終わったあと、増援軍は解散される。戦闘終結後に増援軍総司令官などと言うポストは存在しない。存在しない役職からの命令、処罰は無効になる。
王国軍総帥代理は戦いに先駆けてヒーリーが任命された彼の正式な役職である。対外派遣の総指揮官が軍団長と格式が同格では、用兵の裁量に制約が課されることもありうる。父王、兄からの政治的配慮によるものだった。
ヒーリーはこの名目上、実質上の地位を使い分け、二人を処断したのだ。結局のところ、マーガレットは解任されないし、スタンリーは元の参謀長の座におさまる。
大きな犠牲の割に、甘すぎる結末と言えた。
「わたしはあなたの参謀長ですから、無謀な作戦や戦術行動には当然反対するわ。今回何も言わなかったのは、あなたの決定が正しいと思ったからよ」
「ありがとう」
「それにしても、ホワイト卿には恐れ入ったわ。大胆にして、巧緻な用兵……。人は見かけによらないのね」
スタンリーの戦いぶりを賞賛するメアリにヒーリーは微笑んだ。
「『スタンリーに気をつけろ』って、言っただろう? 彼なしでは南方の守りはあり得ないさ。ピット爺と同じくらいの力のある人間がいなければ、強力なメルキド軍にも対抗出来ないからね」
ミュセドーラス平野北東部の戦いは、敵味方双方の大きな犠牲を払って、その幕を閉じた。ミュセドーラス平野の決戦はいよいよ佳境に差し掛かりつつあった。