第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第五十六話
「第十二軍団の救援に行くぞ! 第三軍団全軍、前進せよ!」
「お待ちください。もう、戦いは終わっております。今から言っても間に合いません」
ヴィクターの救援に向おうとするシラーをアルバートは制した。第三軍団が、再度前進を開始しようとしたとき、戦いはすでに終息に向かっており、フォレスタル第四軍団もすでに斜面の陣地に戻りつつあった。そして、電撃的な速さで第四軍団の窮地を救ったフォレスタル騎兵隊もまた、ミュセドーラス平野陣地への帰途にあったのである。
陣形を再編する第十二軍団の陰に隠れて進むフォレスタル騎兵をシラーは憎らしげに見た。
「くそ、何てやつらだ。たかが一個大隊で一個軍団を手玉に取るとは」
「旗印は見たことがありません。恐らく、新設された第五軍団という者達でしょう」
「あの”翡翠の龍将”の部下か!? 恐ろしい手並みだ。先刻のアルレスハイムといい、フォレスタルはなかなかどうして、寡兵を使うのがうまい」
シラーはいささか憮然としていた。戦場では彼らに常に見せ場を与えてしまう。兵力も、戦力もこちらが優っていると言うのに、武人として名将を賞賛する礼儀を知っているが、何度も友軍が手玉に取られるのは、彼としては面白くなかった。シラーは自軍の司令部大隊から伝令を出し、第十二軍団の損害も確認させるように命じた。
しばらくして戻った伝令兵からの報告を聞いたシラーは愕然とした。実兵力としての損害は四九七名と第十二軍団全軍の五パーセントほどであったが、犠牲者の半数は司令部大隊に集中していたのである。その中には、第十二軍団副軍団長マルティン・コールも含まれていた。
スタンリーは司令部大隊を襲撃する部隊を二つに分けていた。一つは直衛中隊の攻撃を引き受ける襲撃隊、もう一つはヴィクターのいる本陣を攻める本隊である。司令官と戦力が健在であっても、命令を伝達し、組織をまとめる人間達がいなければ、軍団は成り立たない。第十二軍団はここに戦力を喪失したのである。
「くそったれ」
シラーは舌打ちした。一個大隊が一個軍団に勝てる道理はない。しかし、スタンリーは決定的な勝利を収めたのである。ローレンツとコンラートは幸い命を取り留めたが、この戦いが終わるまでにはもう、回復は見込めない。師を立て続けに害されたヴィクターも精神に深い傷を負ったことだろう。
「ヴィクターに残存兵力をまとめて後退しろとおれの名で命令を出せ。酷だが、あいつとて軍団長の端くれだ。せめて、これくらいやらなければな。あと、本営に予備兵力の第九軍団の投入を要請しろ」
伝令兵に命じたシラーは悔しさと怒りに体を熱くさせた。「この借りは必ず返す」斜面に座すまだ見ぬ敵将にシラーは誓った。