第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第五十四話
第四軍団が後退を始めた頃、スタンリー・ホワイト率いるフォレスタル軍騎兵大隊はヴィクターのいる第十二軍団司令部大隊に突撃を開始した。敵味方問わず「雷電のごとく」とたたえられたその機動は前衛の重装歩兵大隊を斜めに切り裂いて突破し、急転回すると、高速で司令部大隊の中央部に突進したのである。
司令部直衛中隊五個中隊がが防御にあたったものの、兵力の絶対数と精強さが違っていた。ヴィクターを守る直衛隊はスタンリーの率いる兵力の半分程度しかない。スタンリーの鬼神のような戦いぶりを前に、易々と突破を許してしまった。
「軍団長、お逃げください! 敵が間近に……」
伝令の報告を聞いた矢先、ヴィクターの司令部の陣幕が馬に蹴破られた。白銀の胸当てをした小柄な騎兵が一人、馬上からヴィクターを見下ろしていた。
「馬上から失礼いたします。フォレスタル第四軍団スタンリー・ホワイトと申します。ワイバニア軍第十二軍団長ヴィクター・フォン・バルクホルン閣下とお見受けします」
「はい……」
スタンリーは殺気のこもった眼差しでヴィクターを見た。蛇ににらまれた蛙のように脂汗が吹き出る。息が出来ない。ヴィクターは地面に膝をつき、胸を押さえた。体が空気を求め、荒く息をつく。
スタンリーは敵の血に濡れた愛剣をひと振りして血を払うと、頭上に高く掲げた。
(殺される!)
ヴィクターの脳裏に、これまでの人生が明滅する。ヴィクターの視界がふっと暗くなった。まるで何か影がかかったように。影はヴィクターの頭を優しくなでると風をまとって消えていった。
「がっ……」
ヴィクターは聞き覚えのある声を聞いた。その声の主が誰であったかがわかったのは、その二秒後のことだった。
「コンラート!」
コンラートは右肩を突かれ、おびただしい量の血を流していた。痛みと出血で意識がもうろうとしながらも、彼はかつての生徒を守るため、敵の前に立ちはだかった。
「かわいい生徒に傷を負わせるなんざ……教官失格だからな……」
痛みに耐え、気丈に笑ったコンラートは、それだけ言うとその巨体を倒した。
「スタンリー!」
倒れた旧友を見たローレンツが至近距離から連射弓を放った。三本の矢がスタンリーに襲いかかったが、そのどれもが彼に当たることはなかった。二本は細剣に落され、最後の一本も難なくかわされた。
ローレンツの矢をかわしたスタンリーは、かわした挙動のまま、太ももに刺したナイフを二本抜くと、返礼とばかりに投げ放った。必殺の一撃をかわされ、さらに虚をつかれたローレンツは、左肩と右腿にナイフを受けた。立つことすらままならなくなったローレンツはスタンリーの前になす術無く膝を屈した。
「く、くそ……」
「ローレンツさん!」
ヴィクターを守ってくれる仲間はもう、一人もいなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、ヴィクターは生まれてはじめての恐怖と絶対的な死の予感を感じていた。敵将の姿をした死神が、一歩一歩ヴィクターの前に近づいた。