第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第五十三話
どんなに固い鎧で身を守ろうと、針の穴ほどの隙間はあるというのがスタンリーの持論だった。フォレスタル第四軍団の前後を分断するために崩された鶴翼の陣は彼にとって、風穴に等しかったのかもしれない。
たった一度の突撃で第十二軍団の分断部隊を粉砕したスタンリーはそのままの速度で鶴翼中央部の重装歩兵大隊に襲いかかった。
スタンリーの指揮はここでも際立っていた。第四軍団の先陣が空けつつあった穴を利用して、斜め方向に突入したのである。重装歩兵大隊の防御は前方向には強かったが、斜めもしくは横方向に弱かった。突然現れた一個大隊に第十二軍団はパニックに陥った。
勝ちつつあった。いや、勝っていた状況をわずか十数分で覆されたのである。相次ぐ報告に、ヴィクターは驚愕した。
「いったい、何が起こったと言うんだ?」
それを考える暇もヴィクターには与えられなかった。報告が彼のもとにやってきた時点で、すでにスタンリーの騎兵大隊は前衛の大隊を突破し、第十二軍団司令部大隊至近まで達していたのだから。
「いったい、何が起こったのですの?」
「これは好機です、軍団長。直ちに後退しましょう。敵が足並みを乱している今しか、チャンスはありません」
アビーは三度目の進言を行なった。それでも尚、マーガレットは後退を迷っていた。敗北という事実を最後まで受け入れたくなかったのだ。しかし、第五軍団からの伝令兵が、マーガレットのもとにやってきた時、彼女はついに後退を決断した。
伝令兵が渡した命令書には、「第四軍団は直ちに後退せよ。抗命の意志あれば、総司令官の名において処断もやむなし」と強い字で書かれていた。王女であろうと、実の妹であろうと容赦しないとのヒーリーの意思表示であった。
マーガレットのプライドは完全に壊れつつあった。いたずらに兵を失い、敵の最弱軍団に敗北したのだから。マーガレットは直ちに全軍を反転させ、前後を分断するワイバニア軍を後衛とあわせて挟撃すると、分断された後衛と合流し、撤退を開始した。
後退に際して、マーガレットはしきりに敵の追撃を気にしたが、敵はその気配を見せなかった。後退開始から三十分後、マーガレット・イル・フォレスタルはじめとするフォレスタル軍第四軍団は二一六四名という尊い犠牲を払いながら帰陣に成功した。