第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第五十二話
第四軍団陣地後方の第五軍団陣地。蜂矢の陣を形成した第五軍団騎兵大隊は臨時司令官、スタンリー・ホワイトの合図を待っていた。
「何も、ホワイト卿自らが先頭に立たなくともよいのではないですか?」
「はは、前に出なくては、敵がよく見えませんからな」
スタンリーは汗を拭った。正確にはその仕草だけだった。死闘を前にして汗一つかいていない。いや、そもそもスタンリーはどんな状況でも汗をかいたことはなかったのではないか。第五軍団騎兵大隊長チェスター・エイプルトンは思った。
仕草、言動その全てが、敵、味方に自分の能力を隠すための擬態ではなかったか。チェスターをはじめ、スタンリーを知る者の多くがそう推論しているが、当のスタンリーは否定している。「要領が悪くて、臆病なだけですよ」スタンリーはこの問いに対して、口癖のように返したという。
スタンリーは眼下の激闘を見た。あまりにも一方的な戦いだった。マーガレットが直接指揮する部隊は後方を分断され、もはや身動きすることも出来なかった。
手足を縛られてのサンドバック状態。戦友、同僚が次々と死んでいく様を、スタンリーは唇をかんで見つめていた。
「騎兵大隊、我に続け。それからエイプルトン隊長は、後方第三中隊で騎兵大隊の指揮を」
スタンリーは少し低い声で言った。それはチェスターが十数年ぶりに聞く声だった。周囲に緊迫した空気が漂い始める。
スタンリーは腰に差していた愛用の細剣を引き抜くと、頭上に叩く掲げ、一気に振り下ろした。
「突撃!」
翡翠色の軍旗をはためかせ、フォレスタル第五軍団第一騎兵大隊はワイバニア軍第十二軍団に対し、突撃を開始した。
木の生い茂る林の中を縫うように、フォレスタル騎兵は疾駆した。千人単位での移動は困難かに思われたが、フォレスタル騎兵は落伍者なく林の通過に成功した。馬を走らせてすぐ、開けた斜面に出る。第四軍団の陣地跡、そして、スタンリーが第四軍団を連れて帰る場所だった。スタンリーは自軍を魚鱗の陣形へ変化させた。しかしスタンリーのそれは通常よりもはるかに前後に細長いものだった。のちに”スタンリーの針”と呼ばれる陣形を完成させると、騎兵大隊はさらに速力を上げた。
隊列が崩壊するぎりぎりの速度を保ったスタンリーらフォレスタル騎兵は斜面をくだり終えると、土煙を上げながら、第十二軍団の側面にある急所に襲いかかった。