第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第五十一話
「軍団長、後方の第四機動歩兵大隊が窮地に陥っています。このままでは敵に分断されてしまいます!」
第四軍団参謀長のアビー・マクファーデンが悲鳴を上げた。旗色が悪い。第四軍団は苦境に立たされていた。鶴翼の突破も出来ず、前線の攻撃に三個大隊も割いたため、中央部と後方の守りが薄くなり、左右からの攻撃を許してしまっていた。左翼からの攻撃はなんとか防いだものの、右翼の攻撃に対処しきれず、深々と突き刺さった槍は、その傷をじわじわとえぐりながら第四軍団に風穴を開けていったのである。
「第五機動歩兵大隊を弓兵装備にして掃射! 急がせなさい」
「はい!」
(負ける? ……このわたくしが?)
マーガレットは周囲の旗を見た。どの旗も穴が開き、痛々しい。まるで自分の軍団のように……。マーガレットは一瞬だけ戦いを忘れた。逃げたかったのかもしれない。敗軍の将となる自分を、プライドの高い彼女は許せなかった。
「軍団長、だめです! すでに戦線を保てなくなっています。後退を……」
アビーは進言した。負け戦は覆しようもない。退却しなければ、味方の損害を増やすばかりだ。アビーの進言は参謀として当然のものだった。
「後退……? 嫌ですわ。わたくしが負けるなんて、ありえませんわ」
「軍団長……」
「第四軍団にあるのは、勝利の二文字だけですわ! 全軍、突撃!」
マーガレットは全軍突撃の陣太鼓を叩かせた。悲鳴と怒号が飛び交う戦場に腹に響く極低音が轟く。兵達の士気を鼓舞する太鼓の音も、今回はその役目を果たさなかった。
第四軍団の兵士達は果敢にワイバニアの防御陣に突撃したが、その動きは精彩を欠いていた。隊長クラスの指揮官のみならず、兵卒レベルでも、この戦いは分が悪いと分かる。いかに結束の固い第四軍団といえども全員が「死中に活を求める」とは考えようもない。攻撃せよが命令とはいえ、兵士や前線指揮官の多くが防御と言う選択肢をとったのである。
「勝ちそうですね、ローレンツさん」
「どうやらそのようですね」
ローレンツは苦笑した、スタンリーの雷名におびえ過ぎて、いくつかの機を捨ててしまった。敵軍の手練は明らかに三流だ。何故もっと早く、積極的な策を講じようとしなかったのか。ローレンツは自らの未熟を恥じていた。