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第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四十八話

「敵が右翼から新手を繰り出してきました」


マーガレットら第四軍団が自ら陣形を崩したのを見たローレンツは小さく言った。あえて声を抑えたのはヴィクターがそれを見抜いていると考えたためである。


ワイバニア最年少の軍団長は「そうですね」と短く返事をした。生返事に近い、気の抜けた返事だった。理解しているのだろうか。ローレンツは上官に少し不信感を抱いたが、数秒後にその不信感はぬぐい去られた。


士官学校時代の図上演習においても、実戦においても、ヴィクターはその観察眼をローレンツに見せてきたが、今回においても、ヴィクターはその才を余すことなく発揮したのである。


「第三歩兵大隊に伝達を。凸形陣を敷き、敵左翼の穴をつくようにと。それから後衛の第二騎兵大隊に連絡。第三歩兵大隊が切り開いた道をそのひづめでならせと」


ヴィクターにしてはいささか詩的な命令ではあったが、内容は至極理にかなっていた。敵軍を前後に分断し、各個撃破を行なおうと言うのである。自分が提示しようとしていた術策とほぼ同じであると考えたローレンツは満足そうに頷くと、目を伏せた。


ヴィクターら第十二軍団を援護すべく移動中だった第三軍団長のシラーはヴィクターの戦いぶりを見ると、傍らの参謀長に双眼鏡を手渡した。


「これはおれ達はいらないかな。あいつひとりで勝ってしまいそうだ」


懐にナイフを刺され、苦痛にのたうち回るフォレスタル軍を見て、第三軍団参謀長のアルバートはため息をついた。


「……こんなはずは。あのスタンリーがいてこのような醜態をさらすはずはありません」


「——となると、考えられる理由は一つだな。スタンリーとやらはいない。敵将は案外間抜けってことだ。おれが出会い、戦ってきた指揮官でこれほどドジを踏むやつはいなかった。これでは下で戦う兵達が不憫で仕方ない」


マーガレットがいたら、烈火の如く激怒したことだろう。自らが招いたこととはいえ、敵将に侮蔑の目で見られたのだから。本人に才がなかった訳でも、努力がなかった訳でもない。彼女の将としての美点を挙げるのなら、彼女の部下、そして周囲の者達がそれこそ両手両足を倍する数をあげたことだろう。


しかし、彼女のそのような数多くの美点を彼女自身の気質というただ一つの汚点で塗りつぶされてしまった。


フォレスタルの姫君に生まれ、有能な兄に囲まれて育ってしまった。彼女自身が生まれ持った自負心とプライドの高さが彼女自身の目と判断を曇らせてしまっていた。


自ら作り上げてしまった隙をつかれたマーガレットは顔を朱に染めて指揮を執っていた。


「まだ、戦いは始まったばかりですわ。先陣は攻撃を続行。弓兵大隊を急がせるのです。司令部大隊は守りを固めなさい!」


戦闘が始まって、まだ十数分も経っていない。どうして思うようにいかない? どうして敵の最弱軍団に劣勢を強いられている?


翡翠色の長髪を振り乱したフォレスタル唯一の女性軍団長は苦しい戦いを続けていた。

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