第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四十六話
「第三機動歩兵大隊の足が遅いですわ。急がせなさい」
軍団長専用馬車の屋根の上、移動する第四軍団を見回しながらマーガレットは指示を出していた。大隊の移動速度にばらつきがある。訓練の時はこうはならなかったのに。自分でも、現在の陣形があまりにもろいと分かっていた。しかし、何故このような事態になっているかマーガレットは理解したくなかった。それは忌み嫌っていた参謀長の手腕によるところが大きかったことを認めたくなかったのである。マーガレットや他の参謀長に隠れて、評価されることは少なかったが、スタンリーは文字通り軍団の要として必要な人間であったのだ。
(あんな下品な男に頼らなくとも、わたし一人で軍団をまとめてみせますわ)
マーガレットは苦闘していた。思うように動かない味方と、眼前の敵、その二つを相手にしなければならなかった。敵が間近に迫る。敵軍の龍の旗印がはっきりと見えるようになった。
第四軍団第一騎兵大隊長アドルファス・シスレーが愛槍を片手に構えた。
「騎兵大隊、あえて何も言わん。どんな守りを蹴散らし、踏みつぶし、粉砕しろ!」
アドルファスは声を張り上げた。あと数分で敵に突入する。目の前に見えるは敵の槍ぶすま。突破しなければ勝利はない。アドルファスは左手でかぶとを直した。
突入する第四軍団に第十二軍団の重装歩兵は長槍を構え待ち受けていた。重装歩兵の最前列は身の丈以上の大きな盾を地に刺し、敵騎兵の突撃から大隊を守ろうとしている。そのうしろの第二列からは長槍の壁がそびえ立ち、敵の騎兵を串刺しにする瞬間を待っている。
数分後に展開される戦いはただの力と力のぶつかり合いである。そこには術策の入り込む余地すらない。純然たる衝突。どちらの陣営にも甚大な被害が出ることだろう。
あまりに分かり切った未来だったが、ワイバニア重装歩兵たちは口を真一文字に結び、だまって運命を受け入れていた。
馬のひづめが地を叩く音が彼らの腹に響く。最前線の兵士の耳に、馬の足音以外の声が入ってきた。
「突っ込めーっ!」
大隊長の号令とラッパの音が戦場に鳴り響く。その数十秒後、戦場に兵士達の断末魔の声と馬のいななきがこだました。