第一章 オセロー平原の戦い 第三十話
ワイバニア軍は窮地に陥っていた。先鋒は動くことが出来なくなっており、前と左右からは矢、そして後ろからは復讐心に燃え殺到するワイバニア軍。フォレスタル軍の集中砲火を前に、先鋒部隊はもはや壊滅状態になっていた。
「何をやっているか! あの程度の小勢に」
三度までも展開が思い通りに行かないことにジークムントの怒りは頂点に達していた。
「どんどん兵を出せ! 出し惜しみするな。数で圧倒するんだ!」
ジークムントの怒り狂っている様子を副官のクラウスはこの戦闘に参加しているものの中で、誰よりも冷静に見つめていた。この戦いは負けだ。戦線が伸びることも軍団長が怒り狂うことも、全ては敵将の計算通りだったのだ。我が軍が兵力的に優勢のうちに撤退しないと、この本隊までも壊滅する。クラウスはそう考えていた。だが、今怒り狂っているジークムントに意見したところで、何も変わりはしない。殺されるか殺される寸前まで叩きのめされるか、理不尽な選択を迫られることは必定だった。
クラウスは軍団長が聞き耳を持つ時をひたすらに待った。
その頃、壊滅状態の友軍を助けるため、ワイバニア軍の増援が追いついた。ヒーリーは増援の姿を見るや、即座に命令を下した。
「第一弓兵大隊は後退! 敵のパワーを受け流す!」
ヒーリーは左翼に配していた第一弓兵大隊を後退させると雁行陣を形成させた。ワイバニア軍はまるで第一弓兵大隊に引き寄せられるかのように突進力を受け流され、右に長く左に短い奇妙な陣形を形作っていた。
「あれは……軍団長! 直ちに戦線をお下げください!」
ワイバニア第十軍団参謀長のカール・シュタイナーがジークムントに言った。
「なぜ下げる? 我々が勝って、今フォレスタル兵が逃げている最中ではないか!」
ジークムントが双眼鏡を見ながら、問題の陣形を指差した。
「いいえ、閣下。敵の後退が極めて整然としています。そして、我々の右側の戦線が伸びています。恐らくはこれが敵の狙いだったと思われます」
「だが、あの陣形でたとえ側面ががら空きになったとはいえ、どうする?敵には我々の側面をつく兵力は残ってはおらん」
「ですが……」
シュタイナーが再びジークムントに翻意を促そうとしたとき、フォレスタル軍から、ひと際大きな龍のいななきが聞こえた。
「なんだ? いったい……」
「あのいななきはエメラルドワイバーンのものです。エメラルドワイバーンは離れた場所からも翼竜の気配を察知すると言います。……まさか」
シュタイナーは右側の空を見た。翡翠色の旗を翻した、天を覆うほどのフォレスタル龍騎兵隊の姿がそこにはあった。