第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四十四話
「おそらく、第四軍団の奇計を警戒してのことでしょう。敵、参謀長のスタンリー・ホワイトは油断のならない男です」
ローレンツの同期でもある第三軍団参謀長のアルバートもまた、スタンリーの恐ろしさを熟知する一人だった。熟練兵はまだしも、若い軍団長や参謀には、スタンリーの手練を知らぬ者が多い。今年、二十七歳のシラーもまた、スタンリーを知らぬ人間だった。
「参謀長、スタンリー・ホワイトとは何者だ?」
「敵軍の第四軍団参謀長です。わたし達の若き頃、フォレスタル戦線で最も有能な前線指揮官と言われていた男です」
シラーが知らないのも無理はない。彼が軍務につきはじめたころには、スタンリーは第四軍団の参謀長としてその任についており、その後はさしたる武勲を上げぬまま時を過ごしていたのだから。
「参謀長がそこまで言うほどの男ならば、警戒するに越したことはないが……。だが、あの陣形を見る限りでは、それほどの男とは思えんな。急所をひと突きすれば、瓦解してしまうぞ」
再度第四軍団の魚鱗の陣を見たシラーは首を傾げた。確かに軍団そのものの速度は速い。ワイバニア一の快速と名高い第十軍団を超えるだろう。だが、あまりに隙の多い軍団の指揮官たる者が見せるものではない醜態であった。だが、醜態であるが故に時期と運が味方したのも事実だった。ワイバニア軍は奇計を警戒し、能動的な手段をとることが出来なかった。
シラーは迷っていた。敵軍の隙はあからさまな罠ではないかと。緒戦において、フォレスタル軍の神がかった善戦を見た彼は「食わせ者ぞろい」のフォレスタル軍の作戦を警戒したのである。
そして、まだ見ぬ「スタンリー・ホワイト」なる名将の存在が判断力と決断力に富む彼に警鐘を鳴らしていた。
「第三軍団は敵の側面攻撃を警戒しつつ前進。第十二軍団と呼応して敵を討つ!」
シラーは無精ひげをなでると、伝令に命じた。戦いとは思い通りに行かないものだ。ワイバニア第三の実力を持つ男は前方の戦いに苦笑した。