第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四十三話
「ベティーナさんの第七軍団に連絡をお願いします。我が軍団にかまうなと。それから、シラー軍団長にも連絡してください。共同で敵軍を倒しましょうと」
フォレスタル第四軍団の奇襲に対して、ヴィクターは二個軍団の投入を即決した。敵軍が自ら悪手を指したのである。速やかに一個軍団を壊滅させれば、もともと戦力で優るワイバニア軍がさらに有利になる。そして、局地戦においても敵に倍する兵力をぶつければ、勝利の確率は高くなる。ヴィクターは反転して攻撃に移らなければならない前方の第七軍団よりも、そのままの速度と陣形で敵に攻撃を加えられる第三軍団に救援を求めたのである。
陣形の展開を終えたヴィクターは前方のフォレスタル軍を見た。羽衣のマーガレットの名はワイバニア軍にも轟いており、その速さはヴィクターを興奮せしめるものだった。
「さすがはフォレスタル最速の第四軍団です。僕たちよりもはるかに速い。もしかしたら、第十軍団よりも速いんじゃないかな」
迫り来る敵の騎兵を見ながら、ヴィクターは言った。声には少し余裕が感じられる。軍団同士の本格的な交戦ははじめてだと言うのに、ヴィクターはそれを楽しんでさえいた。今まで間近でアルマダの名将達の戦いを見てきたが故か、普段の彼らしからぬ態度だった。背後に控えた参謀長のローレンツ・フルトヴェングラーが軍団長をいさめた。
「軍団長、分かっておいでとは思いますが……」
「大丈夫。油断は禁物、でしょう? 分かっています」
「情報には参謀長にスタンリー・ホワイトの名があります。警戒するに越したことはありません」
ローレンツはかつての生徒に忠告したが、敵軍の動きに違和感を感じていた。「隙がありすぎる」のである。隊列はわずかではあるが、ところどころほころびが見える。若かりし頃とはいえ、スタンリーに針の穴ほどの急所を的確に攻撃され、部隊を殲滅されたローレンツには考えられないことだった。
これも奇計かと警戒したローレンツはいささかながら消極的な案を提示した。
「軍団長、敵軍は突進力こそありますが、重装備ではありません。故に重装歩兵大隊を正面に出し、敵の突撃を受け止め、鶴翼内部に閉じ込めるべきと考えます」
ヴィクターは何も言わず、参謀長の案を了承した。ローレンツが信頼に足る能力の持ち主であることももちろんだったが、彼もまた、「スタンリー」を少なからず警戒したのである。フォレスタル軍の鋭鋒を食い止め、味方の第三軍団が追いついて後、攻勢に出る。これが第十二軍団の戦略であった。
「ヴィクターらしいと言えば、らしい手だな。手堅く勝利をもぎ取ろうとするのは」
前方の第十二軍団の陣形を見たワイバニア第三軍団長マンフレート・フリッツ・フォン・シラーは笑った。兵力が揃ってから敵に攻撃をかける方法は間違ってはいない。だが、勇んで出てきた敵は隙だらけだ。消極的にならなくとも、一個軍団で十分撃破出来るはずだ。シラーは第十二軍団の用兵に疑問を抱いていた。