第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四十二話
その頃、フォレスタル軍第四軍団元参謀長スタンリー・ホワイトは司令部大隊から翼竜を調達すると、総司令官のヒーリーを目指し、空を飛んでいた。
自分の諫言ではマーガレットは止まらない。第四軍団も動き始めている。第四軍団の移動速度は参謀長であった自分が最も良く知っている。上層部が制止を命令したときにはすでに第四軍団は敵陣に斬り込んでいるだろう。そうなればあとは自軍の被害を最小に抑えることがスタンリーに残された役目だった。スタンリーはヒーリーの装甲馬車を見つけると、翼竜を降下させた。
「何だって!? ……あの、おてんばが!」
作戦室に飛び込んだスタンリーの報告を受けたヒーリーは椅子を蹴飛ばした。スタンリーのはげ頭が汗で光る。
「申し訳ありません。すべてわたしの責任です」
「ホワイト参謀長、今は責任をどうこうしている問題ではないんだ。すぐに救援に向わなければいけない。……総参謀長、現在稼働出来る部隊は?」
ヒーリーはスタンリーを手で制すと、メアリに確認を求めた。
「……アルレスハイム連隊と第一騎兵大隊のみです……」
「実質、一個大隊だけと言う訳か……」
メアリの報告に、ヒーリーは顔をしかめた。アルレスハイム連隊は第十一軍団との戦いの後で疲弊しているはずだ。連戦を強いる訳にはいかなかった。
最悪第四軍団は、敵三個軍団に包囲されることになるだろう。窮地を救うためには少しでも兵力が必要だった。
「ヒーリー殿下。わたしに軍団長を救う機会をお与えください。この失態をわたしにぬぐわせていただきたいのです」
スタンリーはヒーリーに申し出た。
「一個大隊で戦況をひっくり返せる指揮官がいるとすれば、ウェルズリー卿と貴官だけだ。すぐに命令書を出す。第五軍団の陣地へ飛んでくれ」
ヒーリーは略式の命令書をしたためると、スタンリーに手渡した。スタンリーは汗を拭うと、何度もヒーリーに頭を下げた。フォレスタル軍の若き総司令官は気まずそうに頭をかいた。ヒーリーを上回る経験と戦術眼を持つ指揮官にへりくだった態度をとられ、少しばかり自尊心が揺らいでいるようだった。
ヒーリーはメアリをはじめとする幕僚達を作戦室から出すと、スタンリーと二人きりにさせた。
「ホワイト卿、おれはあなたを尊敬しています。本当に。ですから、そのような態度はやめてください。頭を足れるのはおれ達なのですから。兄として妹の非礼をお詫びします」
「いえ、殿下。わたしは軍団長をおいさめすることはできませんでした。参謀としては失格です。そのようなことをなさらないでください。上官や王に頭を下げるのは臣下の努め。参謀として落伍した身ゆえ、せめてこればかりは守らせていただきたく思います」
頭を下げるヒーリーにスタンリーは申し訳なさそうに笑って言った。兵の上に立つ者はやすやすと頭を下げてはならぬ。スタンリーなりの教えだった。スタンリーはヒーリーから受け取った命令書を大事そうに胸にしまうと、作戦室の扉を開けた。
スタンリーが出たのと入れ違いにメアリが作戦室に入ってきた。
「大丈夫なの? ホワイト卿で。彼、わたし達の間であまりいい評判はないわよ。どうして、一個大隊をあずけたの?」
怪訝な顔をしてメアリは尋ねた。スタンリーが第四軍団に配属されて十年。メルキド侵攻に備える形で南方に配備された第四軍団は大規模な戦闘を経験していなかった。それゆえ、参謀としての作戦立案能力も発揮出来ぬまま、スタンリーは毎日を過ごしており、普段の腰の低さもあいまって、参謀内での彼の評判は最悪だった。”軍団長の腰巾着””小判鮫”とあだ名されていた。
「『スタンリーに気をつけろ』ってことわざをメアリは聞いたことはないか?」
「いえ……。何それ?」
「十五年ほど前にワイバニア軍兵士の中で流行したことわざさ」
ヒーリーはそれだけ言うと、他には何も語らなかった。十年を経て、伝説がよみがえろうとしていた。