第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四十一話
ヴィクターは再び斜面を見た。フォレスタル第四軍団の旗が雪崩のように下っていくのが見える。敵将は馬鹿なのか、あるいは単独でワイバニア軍を破る自信があるのかヴィクターには分からなかった。だが、側面攻撃を受けることになるヴィクターは冷静に事態に対処しなければならなかった。
「後続の第三軍団に伝達! 我、敵軍の側面攻撃を受けつつあり、援護を要請す。敵はフォレスタル第四軍団!」
ローレンツは頷き、伝令に伝えた。さらにヴィクターは自軍の陣形転換を命じた。
「第十二軍団は長蛇の陣から、鶴翼の陣へ。第一、第二重装歩兵大隊は鶴翼中央部へ。第二、第一歩兵大隊は左翼、第三、第四大隊は右翼に回ってください」
弱冠十八歳のヴィクターは常にへりくだる態度を崩さない。弱気ともとられかねない態度をローレンツはいつも注意していたが、ヴィクターは直そうとしなかった。自分よりも経験、技量の優れる人物に敬意を表したかったのだ。
いつもはとがめるローレンツが、このときに限ってヴィクターを責めなかった。辛い過去を思い出したせいか、まだ少年から脱皮し始めたばかりのヴィクターには分からなかった。あえて参謀長に聞こうとしなかった。
「思ったより、敵の動きが速い……。さすがはフォレスタル最速の第四軍団。鶴翼の陣をもう少し下げましょう。それから、第一騎兵大隊を右翼の後方に配置しましょう。弓兵大隊は後衛にて待機です」
フォレスタル第四軍団の速さはヴィクターの予想をわずかばかり上回っていた。下りに手間取ると思われた第四軍団はミュセドーラス平野に躍り出ると、魚鱗の陣形で突撃を開始した。この時点でマーガレットは奇襲には失敗していても、敵軍の分断には成功していた。しかし、この分断は彼女達にとって死刑宣告に自ら署名したのに等しい行為だった。分断はわずか一瞬のこと、突出した第四軍団にワイバニアの大軍が襲いかかってくるにちがいない。スタンリーが最も恐れていたことだった。
第四軍団動くの報告にもっとも動揺したのは敵ではなく、味方だった。
「マーガレットめ! 手柄を急ぎやがったか!?」
斜面を下る旗を見たフォレスタル第三軍団長、ウィリアム・バーンズは持っていた指揮杖をへし折った。
「後続のヒーリーは知っているんだろうな!? 司令部にうかがいを立てるのだ。今すぐ伝令を出せ! おれも斜面を下りたいが、今下るのは……下策だ!」
ウィリアムは悔しさに拳を握りしめた。フォレスタル一の勇将は動けないいらだちを作戦室の机に叩き付けた。机が縦に割れ、重い音が響く。
「馬鹿が……」
幕僚を黙らせるほどの低く、殺気のこもった声でウィリアムは言った。