第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第三十五話
「司令部大隊、防御を固めろ!」
ウェルズリーが叫んだが、既に手遅れだった。司令部大隊の防御壁は、猛り狂う龍の槍には無力だった。第一軍団を象徴する紅のワイバニア軍旗をはためかせた兵士達がフランシスとウェルズリーの前に現れた。
「キングストン、少し下がっておれ……」
フランシスは腰の愛剣に手をかけた。馬車の上で、フランシスは敵ににらみを利かせる。だが、敵の動きはフランシスの予想をここでも裏切った。敵軍はフランシスらに目もくれず、後衛の部隊に襲いかかって行く。フランシスの首はワイバニア軍にとってのどから手が出るほどの価値を持つ。とくに、武名を至上の戦いを重んじるワイバニア軍第一軍団には最上とも言えるほどのものだろう。それなのに、まるで彼らは、フランシスやウェルズリーがいないかのように、目の前を通り過ぎて行く。何故だ。フランシスはフォレスタル第一軍団の後方へ脇目もふらずに向かって行く敵から、前方にひしめく三個軍団に視線を移した。……まさか。フランシスとウェルズリーが敵の意図に気づき、同時に叫んだ。
「しまった!」
侵入口の第二、第六、第八軍団がうごきだしたのは、そのときだった。
マレーネの第二軍団を先頭に、ワイバニア第六、第八軍団が前進を開始した。ハイネ率いる第一軍団によって左右に引き裂かれた横陣には、もはや、三個軍団の猛攻を食い止めるだけの力は残っていなかった。第二軍団の精兵達は、ずたずたになったフランシスの横陣に浸透すると、横陣を内部から崩壊させていった。どんなに強固な城も、どんなに頑強な生物も、内部ほど弱いものはない。マレーネは自然界の法則を用兵に援用したのである。アルマダでもその人有りとも言える三人が率いる精鋭軍団を長時間に渡って守り切った、歴史上最高の防御力を誇ったフランシスの横陣は龍槍のただの一撃で崩壊した。
「予想以上の攻撃でしたな。軍団長」
敵に蹂躙され、辛うじて生命の安全が保障された装甲馬車の作戦室の中で、ウェルズリーは小窓から外をのぞき見る相棒に言った。陣形とは呼べないほど、ずたずたに寸断されたフォレスタル第一軍団は侵入口周辺での態勢の建て直しは不可能な状態だった。
この事態にフランシスは全軍を百以上の集団に分かれて散開させた。侵入口で敵軍を食い止めるのが不可能な今、あとは本隊に戦闘を引き継ぐことが最善であると判断したのである。ワイバニア第一軍団をはじめとして、ワイバニア帝国の軍団が次々とミュセドーラス平野に侵入した。
「頃合いとは言えないが、我々ではこれ以上の戦線の維持は無理だ」
「そうですな。散開した部隊には当初の予定通りの集結地点を指示してあります。……我々にはまだ、仕事が残されていますから」
第一軍団司令部は、ワイバニア軍を避けるようにミュセドーラス平野を構成する山地すれすれを移動している。速度を上げる装甲馬車の窓から見える景色が、めまぐるしく変わっていた。