第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第三十三話
ハイネ率いる第一軍団が移動を開始した頃、先遣した騎兵が最前線の第二、第六、第八軍団にたどり着いていた。
「そう、クライネヴァルト軍団長が……。第二軍団は、第一軍団の道をあける。すぐに行動に移りなさい」
ようやく聴力が回復したマレーネは報告を聞くと、秩序を取り戻した部下達に第一軍団の進路をあけるように命じた。
「道が開きつつありますな」
ワイバニア第一軍団参謀長のエルンスト・サヴァリッシュが双眼鏡から目を離した。ゆっくりと細く、しかし敵に隙をつかれないように厚みをもって整然と移動している。それは各軍団長の能力の非凡さを証明するものだった。
「さすがはベテランの軍団長だな。絶妙の位置取りだ。龍将三十六陣”龍槍”発動せよ」
「龍槍ですって? 軍団長、しかし、あれは……」
エルンストは耳を疑った。龍槍、龍将三十六陣中、最速にして最強の突進力を誇る突撃陣形。しかし、それ故に弱点の多い陣形でもあった。ワイバニア帝国建国と同じくして誕生したワイバニア第一軍団、その永き戦いの歴史の中で龍槍が使われたのはわずかに一度だけだった。そのときも、第一軍団は大きな犠牲を払っている。まさに封印された陣形だった。
「フランシス・ピットの横陣、恐らく常道では破れまい。これを破るのは龍槍以外にない」
ハイネは自らの戦術に自信を持っているようだった。「もう議論している時間はない」ハイネの目が、信頼する参謀に語っていた。
「わかりました」
エルンストは、力強く頷くと、全軍に命令を伝えた。
「龍槍を発動せよ。新設の第五歩兵大隊は、司令部大隊と共に、陣形中央部へ移動せよ」
前の戦いで、第一軍団は創設以来、最大の損害を出していた。ミュセドーラス平野の決戦に先駆けて、エルンストは軍団を再編成したが、一個大隊だけは、本国から補充しなければならなかった。戦時下とはいえ、新設された一個大隊は、訓練もなしに実戦投入されることになる。エルンストは、彼と彼の上官が目の届く位置に、新設された大隊を配置させた。
「良い手際だ。エルンスト」
「いえ、まだまだ。あんな手際を見せられれば、無力さを思い知らされずにはいられませんよ」
フォレスタル第一軍団の手際を後方で見ていたエルンストは戦術家としての未熟さを痛感していた。参謀としての手腕、戦機を見る目、どれを取っても、エルンストは第一軍団参謀長を名乗るだけの実力を有している。しかし、ウェルズリーとフランシスの戦術は彼の常識の遥か上を行っていた。
エルンストは敵将二人に尊敬の念さえ抱いていた。
「これで、彼らを倒せるでしょうか?」
「わたしたちならできるさ」
ハイネがはじめて紡ぎ出したことばだった。常に自信に満ちていたハイネ。そのハイネが、今自分に言い聞かせるように話している。それは目の前の敵が、あまりにも強すぎることを示していた。