第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第三十一話
「ローレンツ参謀長、ヘッセ参謀長をお願いします」
「軍団長、それは筋が違います。わたし達が……」
「ローレンツ参謀長、俺からも頼む」
「承知しました」
シラーの申し出にローレンツはすぐに了承した。本当はすぐにでも、ヘッセのあとを追いたかったのだろう。しかし、彼の参謀長としての職責が、彼をとどめさせていた。軍団を率いる者はどんなことがあっても、筋を曲げる真似をしてはならない。たとえ、身を割く思いをしてでも。根っからの教官は才能にあふれ、前途も明るい若者に伝えなければならなかったのである。ローレンツはヴィクターにとり、よき先達であり師であり続けていた。
ローレンツはアルバートに続き、駆け足で陣を出て行った。
「ヴィクター、すまない。世話をかける」
「いえ」
どちらも若い。若いが、彼らの年代が口に出せる言葉ではなかった。万を超える兵士を率いる責任、さらにそれを数倍する数の家族を背負う生命の重み。それらが彼らを同年輩の人間よりも数段成長させていた。
ローレンツと入れ違いに、皇帝より、中軍の前線投入の勅令が飛び込んで来た。
「わかった。露払いは第一軍団が引き受ける。第三、第七、第十二軍団は前線のすぐ後方で臨戦態勢で待機しておいてくれ」
「待てよ、ハイネ。四個軍団で突入せよとの命令だ。勅令に背く気か?」
シラーはハイネに尋ねた。
「お前も分かっているだろう。侵入口は狭い。このまま進軍すれば、身動きが取れなくなるのは必定。故に我が第一軍団が先発し、敵陣を分断する。あとは、マレーネ殿の先陣とわたしで事足りよう。お前達は敵軍の左翼を撃破するために絶対必要な戦力だ。ここで、一兵たりとも欠く訳にはいかない」
「……わかった」
シラーはハイネの考えに同意した。一個軍団のために八個軍団が谷間にひしめき合う訳にはいかなかったのである。ベティーナもヴィクターも、ハイネの考えに同意した。
「わたしは先発する。残りの三個軍団の指揮はお前に委ねるぞ」
ハイネは親友の肩を叩くと、紅のマントを優雅に翻し、陣をあとにした。
”伝説”と謳われたフォレスタル第一軍団、ワイバニア最強の第一軍団、その激突の時が迫りつつあった。