第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第二十七話
(なんだ? あたしは……。何をしているんだ。何も聞こえない……。ギーゼラ? 馬鹿だな。なに、地面で寝てるんだよ。そんなところで寝たら、風邪ひくって。しかたがないな……。身体が動かない? 血? あたしの血? 矢がいっぱい……? あはは、そうか、死ぬんだね……。あたしも、みんなといっしょに……)
星王暦二一八三年七月一七日、ザビーネ・カーン戦死。二四歳だった。
軍団長を失った第十一軍団は恐慌状態に陥った。要を失い、集団としての秩序を失った。兵士の群れは濁流のように、出口へと殺到する。
「撃て!」
矢の雨は隊長、兵士の分け隔てなく降り注いだ。恐慌がさらなる恐慌を生み、ワイバニア軍は味方を踏み砕きながら逃げ惑う。渓谷の中は地獄と化していた。
「馬鹿が! なぜ、撃った!?」
アンジェラはレイを殴り飛ばすと、胸ぐらをつかんだ。レイは唇から血を流し、上官に言った。
「わたしの役目は、作戦面の助言だけではありません。連隊長、あなたの命を守ることも含まれています。……あなたを死なせたくなかった。あなたを殺そうとする者がいれば、わたしはためらうことなく殺します。たとえ、あなたに憎まれたとしても」
アンジェラに睨みつけられたレイは彼女に言った。アンジェラはレイをつかんでいた手を放すと、顔を伏せた。
「わかった……。すまなかった、レイ。敵はほぼ壊滅状態だ。ヒーリー殿に伝令を頼む」
「はい……」
アンジェラは谷底を眺めた。視線の先にザビーネとギーゼラの遺体があった。偶然ではあったが、ギーゼラの手にザビーネの手が重なっていた。彼女らが望んだ結末ではなかったが、二人はほぼ時を同じくして、天上へと旅立った。共に苦しい時も、楽しい時も分かち合った友は最後まで運命を共有しあった。アンジェラは翡翠のマントを脱ぐと、谷底へと飛ばした。マントは二つの痛々しい亡骸にかかった。
「さらばだ、ザビーネ・カーン。いずれ、地獄で会おう……」
谷を背にアンジェラは静かに言った。風に乗って水滴が一つ、谷へ落ちていった。