第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第二十六話
「は、はは……。ザビーネ。あんたって……、本当にばかなんだから……」
「ギーゼラ!」
ギーゼラは全身に矢を受け、力なく言った。口からはせきと共におびただしい量の血が流れている。ギーゼラは最後の力を振り絞り、ザビーネの頭を撫でた。
「ギーゼラ! 死なないで! ギーゼラ!」
「無茶、言わないでよ……。話すのも、もう、目も……」
ギーゼラは頭を撫でた腕をたらした。もう腕をあげる力を残されていなかった。彼女は身体を震わせた。
「ザ、ビーネ……。死……」
ザビーネにずしりと重みが加わった。親友の重みだった。傍らにいた唯一の友。地獄を共に暮らし、這い上がって来た友。ザビーネは永遠にその友を失った。
「ぁ、ぅおぉぉぉぉぉ!」
ザビーネの声にならない叫びが渓谷に反響する。聴力を取り戻し始めた兵士達は、軍団長の咆哮を聞いた。
「ザビーネ……」
谷の上からアンジェラはザビーネを見下ろした。親友の亡骸を地に横たえたザビーネは憎悪の眼差しでアンジェラをにらみつけた。
「殺す! 殺す! 殺す!」
「ザビーネ。……もういい。降伏しろ」
アンジェラは力なく言った。ギーゼラの死は彼女の本意ではなかった。共に戦って来た仲間を討つのは辛い。憎しみを込めたザビーネの目とは反対に、悲しげな目で、アンジェラは彼女を見つめていた。
「……殺す!」
それ以外の言葉を全て忘れたかのように言った。谷の上で弓を構える音が聞こえる。彼女の殺意にアルレスハイム連隊は、ボウガンの矢をもって応えようとしていた。
「レイ、待て……」
アンジェラは手を挙げ、ボウガンを構える参謀を制した。
「ザビーネ、これが最後だ。降伏しろ」
変わらぬ目で、アンジェラはザビーネで言った。
「その目だ……。あんたは、その目で、あたしの何もかも奪っていく! 友達も! 手柄も! ……好きな人も……」
ザビーネは涙を一筋流した。
「ザビーネ。お前は、ヨハネスのことを……」
アンジェラ言葉がザビーネを激昂させた。怒りと狂気に支配された鬼神は顔を歪めると、再びボウガンを構えた。
「レイ! よせ!」
レイはザビーネに狙いを定めている。アンジェラがレイに命じた。
「死ねよ! アンジェラ!」
三度目、心臓を狙った矢はアンジェラに届くことはなかった。ザビーネの額をレイが放った矢が貫いたのだ。鈍い光を放つ流星がザビーネへと降り注いだ。