第一章 オセロー平原の戦い 第二十八話
「全員散開! のち、弓兵大隊の後方にまわり、順次補給を受けた後は、第一弓兵大隊は右翼、第二弓兵大隊は左翼に展開し、敵先鋒に攻撃を集中するんだ」
ヒーリーは司令部として傍らに残していた、五〇人の兵士全てを伝令に出し、さらに周囲に命令が行き渡るように徹底させた。
ヒーリー軍は味方の軍勢が敵に見えないように逃げ、味方の目前で左右に分かれ、待機していた第三弓兵大隊の後方に隠れていった。
ワイバニアの最先鋒から見れば、何が起こっているか分からなかっただろう。しかし、左右に分かれたフォレスタル軍の間から、ワイバニア軍の迎撃準備を完全に整えた弓兵隊が姿を現したとき、ワイバニア軍の先頭にいた部隊の指揮官はフォレスタル軍の敗走が敗走ではなく、意図的な偽装撤退であることに気づいた。
「中隊。止まれぇ! 敵に狙い撃ちにされるぞ!」
ワイバニア軍最先鋒にいた中隊長は全員停止を命令したが止まらなかった。それだけ、力の奔流は凄まじいことを意味していた。ワイバニア軍の兵士でできた人の濁流は速度を落としたワイバニア軍一個中隊一〇〇人を飲み込み、押し出した。すぐ前方には自分たちを死に追いやるものが手ぐすねを引いて待っている。覚悟を決めた中隊長は叫びながら、先頭に飛び出した。
恐れおののいているのは、フォレスタル軍第三弓兵大隊も同じだった。目の前には狂気と怒りをない交ぜにして向かってくるワイバニア兵がいる。前線の兵士は乾いた口の中を少しでも潤そうと生唾を飲み込んだ。
「しっかりしろ。貴様ら。我々は歴史が変わる瞬間を目にするのだ。ヒーリー殿下を信じるのだ」
第三弓兵大隊を率いていたモルガンが胸を張って部下達に言った。モルガンの剛胆さは前線の兵士に安堵感を与えるのには十分だった。モルガンはヒーリーがなぜモルガンを指名したのか理解したような気がした。
「いいか! バリスタの射程に入ったら速射開始だ。もたもたすると、ワイバニア兵に踏みつぶされるぞ!」
モルガンは部下達に檄を飛ばし、剣を持った右手を高く掲げた。ワイバニア兵が弓兵の間合いに到達し始めたのである。
怒号、絶叫が響き渡る中、フォレスタル兵士は恐ろしいまでの緊張感でモルガンの合図を待った。ひゅっと剣が空気を切り裂く音を弓兵大隊の誰もが聞いた気がした。その瞬間、周囲の音をかき消すかのようなモルガンの声が戦場に響き渡った。