第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第二十五話
谷の上に立ったアンジェラの姿を見たザビーネは並の兵ならば視線を合わせただけでも殺すほど殺気のこもった眼差しで、彼女を睨みつけた。
「アンジェラ・フォン・アルレスハイム……」
爆音からまだ、完全に聴覚が回復していないザビーネは耳をおさえて言った。言葉を話すのにも、少し耳が痛む。長い間味わったことのない痛みに、ザビーネは顔をしかめた。
「お前達に勝ち目はない。降伏しろ」
アンジェラはザビーネに言った。ザビーネ本人はアンジェラが何を言ったかまではわからなかった。だが、唇の動きで「降伏」の二文字だけは理解出来た。降伏? 戦いもせずに? たかだか五個中隊に? あわれみにも似たアンジェラの表情がザビーネのプライドに傷をつけた。ザビーネはアンジェラに向かって叫んだ。
「降伏? あはは、バッカじゃないの? 戦いもしないで、そんなことすると思ってんの?」
「頼む、降伏してくれ……」
「連隊長……」
「敵」と認識している。彼らを倒すための作戦も立てて来たが、相手はともに翼将宮で円卓を囲んだ仲だ。苦しいだろう。レイは悲しげな表情を浮かべる上官を見つめた。
「嫌だね! 裏切り者のアルレスハイム! アンタがここで死ねば形勢逆転じゃん! さっさと死にな! 裏切り者!」
ザビーネはアンジェラに向けてボウガンを構えた。
「!」
「死ねぇ!」
照準器の向こうにアンジェラがすっぽりと収まっている。ザビーネは狂った笑みを浮かべて引き金に手をかけた。
「連隊長! ……かまわん、撃て!」
「レイ!」
ザビーネが矢を放つ前に、第十一軍団に向かって千を超える矢が殺到した。
「くっ!」
これまでかとザビーネが思った瞬間、黒い影がザビーネに覆いかぶさった。影の中でザビーネは矢が身体を貫き、肉を裂く音を聞いた。