第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第二十三話
「これほどの威力とは……。ラグの作った砲弾は桁違いだ」
ばたばたと地面に落ちていく龍を見て、ヒーリーはつぶやいた。これで、少なくとも今日一日は敵の龍騎兵は使い物にならない。戦いが優位に運べる。ヒーリーはこぶしを小さく握りしめた。
ヒーリーの場所は戦場から距離が離れているが、轟音と閃光はここまで届いている。傍らのヴェルががたがたと震えていた。大きな音が生み出す振動に当てられたのだ。ヒーリーは相棒を優しくなでた。
「大丈夫だ。ヴェル。お前が怖がるものなんか何も無いぞ。もう終わったから、落ち着け……」
防音、耐閃光の用意をしていたとはいえ、前線ではいささか混乱も生じていた。機動歩兵大隊と、騎兵大隊の軍馬が振動によりパニックを起こしたのだ。数は少なかったものの、少しばかり陣形が乱れてしまっていた。
「やむを得んな。こればかりは……」
「えぇ」
馬車の上から、フランシスは息を吐いた。敵軍の統制が乱れている今が好機ではあったが、最前線の歩兵と後方に戻していた騎兵の足並みが揃っていない現在、うかつに攻め込むのは上策とは言えなかった。
フランシスはさらに戦線を下げると、守りを固めさせた。
「せっかくのチャンスですが、まだ、我々が崩れるときではありませんからな……」
ウェルズリーの言葉に、フランシスはうなづいた。まだ、まだ崩れる訳にはいかない。敵がさらに本腰を入れるまでは、侵入口を通してやるわけにはいかなかった。
「まだまだ、もう少し、このじじいめに付き合うてもらうぞ」
フランシスは敵がひしめきあう侵入口に目を向けた。
一方、ザビーネら第十一軍団の事態はさらに深刻だった。煙幕の中にいたために、閃光からは辛うじて身を守ることが出来た。だが、音はそうはいかない。狭い渓谷を音が反響し、軍馬は驚き、暴れ回った。聴覚を奪われた兵士達は頭蓋を打ち付ける音にのたうち回っていたのである。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
落馬したザビーネは痛みに顔を歪めて叫んだ。煙幕で前が見えない。聴覚も奪われ、馬は地面に転がり、ショックで身を震わせている。怒りに我を忘れたマレーネはレイピアを馬の首に突き刺した。音にすらならない、馬の断末魔の鳴き声が谷に響く。馬が音を発するのを止めたあとも、ザビーネは何度も馬に剣を刺し続けた。生暖かい馬の血にまみれ、ザビーネは笑い始めた。命を奪う高揚感に支配され始めたのだ。
「う……ぅ、ザビーネ……」
ギーゼラは腕を抑えながらうめいた。骨は折れていない。だが、打ち身がひどい。鈍い痛みに耐え、立ち上がった彼女の肩を伝令が叩いた。耳鳴りがひどい。ほとんど聞こえない。ギーゼラは、自分の耳を指差し、首を振ると、伝令は紙を手渡した。
「龍騎兵大隊、全滅」
たった一行だけ書かれた紙に、ギーゼラは目を疑った。敵部隊に唯一打撃を与えられる龍騎兵が全滅したのである。これでは敵の思うつぼだ。ギーゼラは頭を押さえ、何も見えない前を見据えた。