第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第二十話
「これでは、らちがあかないわ。龍騎兵大隊を投入しましょう。第十一軍団は……。今は無視しましょう。軍団の運用権は軍団長にあるわ。上位だからと言って、おいそれと命令を下す訳にはいかないわ。第六、第八軍団にも龍騎兵大隊投入の旨、通達なさい」
マレーネは副官のエアハルトに命じた。戦線は膠着、いや、むしろフォレスタル軍が押していた。フランシスの第一軍団の攻勢をもろに受けたリピッシュ率いる第六軍団は、大きな犠牲を払いながら、なんとか後退に成功していた。マレーネの後退がもう少し遅かったら、リピッシュの首と胴は離れていただろう。フォレスタル軍はリピッシュが苦心の末に構築した防御陣を突破し、司令部にまで達したのである。司令部大隊長の機転と武勇によって撃退されたものの、司令部の動揺は大きなものがあった。態勢の建て直しを図るため、第六軍団はフォレスタル軍との距離を保ち、マレーネ率いる第二軍団の左翼前方に後退した。
「悔しいが、兵の強さ、戦術、どれをとっても向こうが数段上手だ。アルマダの掟、今こそ使わせてもらうとしようか」
マレーネの通達に、リピッシュは頷いた。歩兵同士での戦いは勝てない。「龍騎兵は歩兵に勝つ」古来からのルール通りの戦いをする時が来たのだ。ワイバニア軍背後の空に、幾千の影が広がった。空の支配者、ワイバニア軍龍騎兵隊がその姿を現したのである。
「三十年前を思い出しますなぁ……。あの龍の群れ。いよいよ本気を出して来たと見える」
「うむ」
双眼鏡を下ろしたウェルズリーはフランシスに言うと、老将は短くうなづいた。
「連合軍全軍に、対閃光、音響防御を命令せよ」
「はい」
フランシスは伝令に言った。伝令はその場で一礼すると、司令所屋上に備えられた矢を天に向けて放った。高い音がミュセドーラス平野にこだまする。続いて、平野中から矢の音に応えるように、同じ音が響いた。その音は、遥か後方の連合軍本陣にも伝わったのである。
「この音は……」
「ピット爺、いよいよ、やるつもりだな。……っ!」
ヒーリーは総合指揮所から飛び出すと愛騎の名を呼んだ。
「ヴェル!」
ヒーリーの声に龍の相棒はすぐに応え、地上に舞い降りた。
「ようし、ここら辺はちょっとうるさくなるからな。お前はこれをつけなきゃ……。いやがるな! おとなしくしろよ。ヴェル」
ヒーリーはいやがる相棒を押さえつけ、目隠しと耳栓をした。
「心細いなら、俺がそばにいてやるから。……ちょっとの間、じっとしてくれ」
ヴェルの頭を抱いたヒーリーは光よけのゴーグルと耳栓をすると、戦場を見た。
「投石機隊は?」
「既に、用意はできています。あとは軍団長の命令あるのみです」
フランシスは目の前の黒い雲を見つめた。ただの雲ではない。恐ろしいほどの戦闘力を秘めた龍の雲。次第に大きくなる恐怖と殺意のかたまりが、さらに大きくなるのをフランシスはじっと待った。
一分。フランシスはまだ黙っているが、眼光は鋭く空を見据えている。
まだか……。ウェルズリーも、伝令もフランシスの言葉を待っている。ウェルズリーのあごから汗が一滴落ちた。その瞬間だった。ピットはひと際大きな声で命令した。
「撃てぇぇぇぇぇぇっ!」