第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第十八話
「敵軍、転進しました!」
「やった……」
アレックスとエイムズはワイバニア軍が津波のように押し寄せる様子をみた。殺気をみなぎらせて、襲い来る、屍鬼の軍団は訓練を受けた彼らですら、恐れおののくには十分だった。
アレックスとエイムズは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「どうした。二人とも。お前たちには百人からの部下がついているのだぞ。そんな調子でどうする?」
彼らの頭上から涼やかな声が聞こえた。アンジェラが二人に声をかけたのだ。かつて一個軍団を束ね、フォレスタル第二軍団と互角の死闘を演じた名将は、悠然と部下に言った。
「計算通りにことは運んだのだ。胸を張れ。部下を叱咤して、前に進め。敵は今にも襲いかかってくるぞ」
一歩間違えれば危機的な状況にも、アンジェラは笑みすら浮かべていたと言う。彼女は二人の肩を叩くと、彼らに部隊を率いらせた。背後に迫り来る敵軍を見据えると、アンジェラは愛馬に跨がった。
「軍団長! 前方にアルレスハイム軍団長が!」
伝令の声にザビーネは眉をつりあげた。
「アルレスハイム軍団長? あいつは、もう軍団長じゃないんだ。ただのアルレスハイム。いや、裏切り者のアルレスハイムだ。全軍、全速力で奴のあとを追いな!」
ザビーネは舌なめずりした。彼女にとっては至福の瞬間だった。兵力比は一対二十。獲物はもう、口の中に入りかけている。あとはどう味わうかだ。
ひと思いに首を切るか、兵たちの前で辱めてからなます切りにするか、顔の傷をえぐりながら全身を切り刻むか。苦痛に歪むアンジェラの顔を見ることがどんなに楽しみなことだろう。弱者をいたぶる愉悦に、ザビーネはひたっていた。
「意外と遅いものだな。これでは餌の価値がない」
アンジェラは背後の軍団を一瞥してつぶやいた。敵から見える位置にいなければ、囮の価値がない。手綱をひねり、愛馬の速度を落とした。さぁ、来い。もう少し、あと少しだ。あと少しで、敵の軍団を地獄の釜にたたき落としてやれる。目の前に、離れ行く部下をみながら、アンジェラは孤独な戦いに集中していった。